おいしくて栄養満点! 健康志向の人からも絶大な人気を集める街の定食屋

かつては大通りに面した場所で営業していたが、路地裏に新店舗を出店。どちらの店舗がいいかと3年ほど迷い、厨房の使い勝手や通気性、導線などを比較した末、新店一本に絞ったという。

池袋西口で生まれ育った店主の田村久雄さんが、実家が営んでいた八百屋の跡地に『定食 美松』をオープンしたのは、昭和62(1987)年のこと。24歳と店を持つには若かったが、料理学校でノウハウはかじっていたし、食材の良し悪しを見分ける技術も身についていた。隣には叔父が営む米屋もある。

「昭和の終わりといえば、海外への渡航者が急増した時代。近い将来、逆のパターンも生まれると思っていました。そうしたら、日本人が普通に食べているごはんが食べられる店も必要になるだろうと」

田村さんは、店の誕生秘話を懐かしそうに語る。以来、家族や親族の力を借りながら、定食一筋でやってきた。

魚中心の定食メニュー。この黒板は、なぜか厨房内にある。

メインのおかずは、店主自ら河岸で仕入れた、あじやいわし、鮭などの魚が中心。これに野菜や豆類、こんにゃくなどをバランスよく組み合わせた定食メニューは、食材ありきで入れ替わる。メインのおかずにも野菜をふんだんに使い、そこでとりきれないものは小鉢でカバー。さらに具だくさん味噌汁とつけもの、ライスがついてくる。値段は税込で1500円ほど。体が喜ぶ栄養素をバランスよく摂取できることを考えれば、適正価格と言えるだろう。

フードロスは常にゼロ! 客足が途切れない人気の秘密はおいしさ+αの魅力にあり

店舗は落ち着く空間。写真左手には大きな窓がある。

開店時間を過ぎると、客が一人また一人と入店し、10分後には満席になっていた。若い男性の二人組や女性のおひとり様、働き盛りのサラリーマンなど、世代や性別はまちまちだ。

「お待ちいただくことはめったにありません。不思議なことに、一人出て行ったら次の人が、三人帰ったら三人入ってくるっていう流れができているんですよ」

店舗は角地。道路に面した2面のうち、入り口と反対側には大きなガラス窓があり、外から中の様子をうかがえる。客の方も、店の混み具合をみてスケジュールを微調整しているのかもしれない。

食材へのこだわりはメニューの裏面でチェックできる。といっても、これはほんの一部だ。

「こだわり? 叩けばいくらでも出てきますよ」

田村さんは笑って言う。食材にはもちろんこだわっている。しかし細かいこだわりは、35年間店を切りもりするうち、日常の一部になってしまったようだ。そこをなんとか絞り出してほしいと頼んでみると、「食べて疲れない味」との答えが返ってきた。

そういえば、この店のフードロスは限りなくゼロに近いという。売り切れたメニューは黒板から消えていくが、最後の1品になっても客足は途絶えない。しかも、疲れない味だから、客は残さず食べていく。

「常連がつく理由はそこにあるのかもしれない」

田村さんは深みのある表情で言うと、バンダナを締め直した。

本棚がある席も人気だ。気になる文庫本を手に取る人も。

人気の秘密は、店内の独特な雰囲気にもありそうだ。一見和風だが、よく見ると洋風の雑貨が混じっている。古風なイメージの中にも、現代風のアレンジが利いている。

「和と洋、高いものと安いもの、男と女……すべてが二元的なものの融合です」

言われてみれば、この空間では、相対するイメージが絶妙なバランスを保っている。

見た目の演出で、かっこよさや美しさ、トレンド感、おいしさなどを印象付けることも可能だが、この店にはそうしたイメージ戦略もなければ、一切の押し付けがましさが感じられない。だから落ち着く。受け入れられたという安心感に浸ることができる。この心地よさも人気の秘密なのだろう。

カツオとヤサイ煮を実食。魚はもちろん、家庭菜園で育てた野菜がうますぎた

カツオとヤサイ煮1500円。

煮魚が食べたいと言ってチョイスしてもらったのは、カツオとヤサイ煮。ライスは白米と雑穀米、玄米から選べると聞き、五穀米をオーダーする。雑穀米は、炊き上がった白米と雑穀を混ぜるのではなく、赤米や黒米、麦、キビ、丹波黒豆などを白米と一緒に炊いているという。

主菜はカツオを中心に、にんじんやゴボウ、芋、ししとうの揚げ物、ゴーヤを合わせている。芋とししとう、ゴーヤは家庭菜園で育てた採れたてのホヤホヤだ。懐かしさを感じさせるやさしい味は、まさにおふくろの味。素材の風味を活かしたほどよい味付けもポイント高し。

右上は、女将のお母さんが手がける日替わり小鉢。大根に油揚げ、ほうれん草、なめこ、豆腐などが入った具だくさん味噌汁は栄養満点だ。こちらも日替わりで、アサリやしじみが入ることもあるという。

味もさることながら色のバランスもすばらしいので、カラフルさを損なわないよう、ベジファーストを意識しつつも三角食べでいただいた。一汁三菜のハーモニーがたまらない!

時代は変化しても、変わらないものを提供し続けたい

厨房オールスター。小鉢担当のお母さんは、自宅で調理している。

オープンから約35年。東京の街並みは大きく変化した。池袋も例外ではない。

「30年くらい前の池袋は、日本一便利な街と言われていました。そんな場所で生まれ育った僕は、その便利さに浸りきっているわけですが、それとは真逆の居心地のよさもどこかにあると思うんですよ」

便利な街で、それもバブルの絶頂期に、ものすごく効率の悪い商売を始めた。目まぐるしい変化の中であがきながらも、変わらない味を提供してきた。

「居心地のよさを追求すること、それこそが、僕が店を続けている理由なのかもしれません」

定食のほか、おむすびや一品料理もオーダー可能。おむすびは店頭のテイクアウトコーナーでも購入できる。

移ろいゆく時代のなかでも変わらないものはある。長年通い詰めた常連たちが、愛してやまない『美松』の味もそのひとつ。だがそれも、新しい客にとっては長年磨かれてきた味として、新鮮さをともなって心に焼き付く。これもまた、世代を超えて親しまれる理由のひとつだ。

住所:東京都豊島区池袋2-15-1 シティルーフ1F/営業時間:11:30〜14:30LO、17:30〜19:00LO(夜の営業は月・水・金のみ)/定休日:日・祝/アクセス:JR・私鉄・地下鉄池袋駅から徒歩3分

構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子