山本一力 Yamamoto Ichiriki

1948年、高知県生まれ。97年に『蒼龍』で第77回オール讀物新人賞受賞。2002年『あかね空』で直木賞を受賞。『損料屋喜八郎始末控え』『深川駕籠』ほか深川を舞台にした作品多数。現在は連載「蒼天有眼―雲ぞ見ゆ」などを執筆。

「深川は、木場と佐賀町でもっている」

山本一力さんと待ち合わせたのは、永代橋東詰め。隅田川に架かり日本橋と深川をつなぐ永代橋の、深川寄りのたもとだ。橋を通り、門前仲町駅から木場駅へとつらぬく永代通りは、富岡八幡宮の表参道ともいわれる。深川の入り口ともいえる場所が、今回の散歩の出発点だ。

「深川に長く住んでいる人に教わったんだけど、日本橋から永代橋を渡ってくると、この東詰めのあたりからヒノキが香ったっていうんだよ。ここから木場まではけっこう離れているように思うけどね。木場に材木屋さんが集まっていたころ、お正月には祝儀板といってヒノキの分厚い板を店先に立てた。何枚並べるかというのがその店の見えになる。それがいっせいに風にのって、ヒノキの香りがする元日を迎える、そういうところだった」

永代橋。元禄11年(1698)に架橋。上野寛永寺の根本中堂建立に用いた丸太の余材が使われた。明治30年(1897)、老朽化のため再架橋され、道路橋としては日本初の鉄橋となった。2007年には、国の重要文化財に指定された。
毎年見に来る永代橋西詰めの桜。引っ越してきたころに植えられたそう。

材木商が集まって木場という街ができたのは江戸時代中期。以降、貯木場や関連施設が現在の新木場へ移転するまで、250年以上にわたって材木の街であり続けた。深川の大事な由来のひとつだ。

永代橋東詰め一帯の住所は、佐賀。隅田川に面した区域で、江戸時代には船着き場がいくつもあった。

「いまは護岸になっているけど、むかしはそんなものはなくて、古地図をみると船着き場の脇に蔵が並んでる。諸国からあがってきた物資を荷揚げして蔵におさめて、江戸のなかへ入っていく。深川には掘割がたくさんつくられて、はしけで行き来する物流の拠点が佐賀町だった」

山本さんは、「深川は、木場と佐賀町でもっている」と話す。建物や橋などの建築資材である材木と、物流の拠点。江戸時代の人々の暮らしを支える要素を抱えていたのが深川の街としての起こりであり、だからこそ人が集まり、繁栄した。

作品にも登場する豊海橋。

埋め立て地に生まれた一次文明の街

山本さんの小説は、深川に暮らす庶民の生活が目の前に浮かぶ。近著『辰巳八景』では、永代橋や新田橋、富岡八幡宮などいまも残る名所を舞台に、当時の人びとの職業への情熱や、家業の歴史が描かれ、さながら江戸の生活史のようだ。

「永代橋から東は、江戸時代に埋め立てた土地で、深川十万坪っていわれてた。だから井戸水がなくて水売りが来ていた。神田上水の水をくんで、舟で運んできたのを売って歩くわけ。川の水はいまよりはきれいだったろうけど、なんの殺菌もしていない生水だから、一度わかしたり、湯冷ましを飲む。水売りから買う水は、一荷といって48リットルあって、2〜3日で使うから、おさめておく大きな水がめがいる。火事、地震、大水、そういった天災が年がら年中あるからね。手ごろな値段で買えるものじゃないと、人は使ってくれない。しかも大きなものだから遠くから運んでくるわけにもいかない。だから深川には、陶器を焼く窯があって職人がいた。これはきっと最初っからあったわけじゃないよ」

永代橋東詰め近くの『Gumtree Coffee Roaster』は道すがら立ち寄るお気に入りの店。コーヒーとミルクのバランスが絶妙なカフェラテを。

深川には一次文明があった――山本さんはそう考えている。何かに影響を受けたのではなく、もともと何もないところから生まれた独自の文明。埋め立て地だからこそ、広い土地があり、試行錯誤して新たな生活を築いていく。自然発生的に、いろいろなものが深川では育った。

「深川には銭座があった。徳川幕府は、金、銀、銅の三貨を基本通貨として、金と銀の鋳造は幕府直轄としたけど、銭は民間に委託していた時期があった。深川に銭座ができたのは、まず土地があったから。あとは銭座をつくろうとするスポンサー、つまり株主がいたんだね。その人たちが、銭づくりの職人を集めた。佐賀町の蔵にしても、深川は経済の根っこをいろいろな形で押さえていたわけだな」

埋め立てによって新たな土地ができて、その地の利を生かした産業がおこり、労働者が集まり、独自の技術が磨かれていく。深川で根付き、だいじに育まれてきた文明。『辰巳八景』には、ろうそく問屋、医者、芸者、材木問屋、飛脚、鳶とび、履物職人と、さまざまな職業が活写される。

「深川が舞台だから、8編の話をつくることができた」と山本さんは話す。「ここで育み生まれた文明文化があるっていうのが、深川という土地の誇りじゃないかな」。

散歩をして知る土地の由来

山本さんは、深川に暮らして2021年で27年になる。散歩は日課で、たとえ執筆期間中でも休むことはない。富岡八幡宮には、週に一度はお参りしている。

「八幡さまはね、夏場は午前5時に太鼓が鳴るんだよ。こんな時間になんで太鼓が鳴ってるんだって思って境内に入っていったら、狛犬さんがいてね」

この狛犬さんとの出合いが、時代小説作家としての礎となったという。

「300 年近くもこの地に鎮座してるよ!」

「狛犬さんの台座に『享保十二年』と彫られていてね。まだ俺が新人賞の応募原稿を書いているときで、台座を見てほんとにのけぞった。享保っていったら、八代将軍の吉宗のころだよ。しかも当時の奉納した人の名前が刻まれてる。自分の書いているものが、ぜんぜん物語になってねえやって思った。とってつけたようなことを書いてる。八幡さまには、江戸がそこに座ってるんだって。それからもう一回書き直してさ。そのきっかけになったのが、あそこの狛犬さん。いまでも必ず、狛犬さんには頭下げてる」

富岡八幡宮は寛永4年(1627)創建。江戸最大の八幡さまとして信仰をあつめる。江戸勧進相撲発祥の地としても知られ境内には力士碑がある。8月15日の例祭は江戸三大祭のひとつで、3年に一度の本祭りでは50数基の町神輿が揃う。

山本さんは、富岡八幡宮や洲崎神社で、姿勢正しくお参りをする。土地の鎮守さまを深く敬っていることが伝わる姿だ。

「木場のヒノキの香りのことを教えてくれた人には、いろいろなことを教わったけど、八幡さまのお参りの作法もそのひとつだった。参道から社殿へ向かう広い道は、いちばん端を歩くこと。真ん中は神さまの道だからね。あと、お参りするときは頼みごとをするんじゃない、神さまに対してできることは感謝だと。一日無事に生きてこられてありがとうございます、という感謝を伝えるためにお参りするんだってね」

「『あかね空』で直木賞にとどいたときは、町内で餠つきをやってくれた。一升臼で、それぞれ紅白の餠をね。つまり二升だよ」

散歩をしていると、どこの神社でも、そこに神さまがいらっしゃるんだということが実感できる、と山本さんは話す。それは、土地の成り立ちを知ることで、自然と湧き起こる感情でもある。たとえば、洲崎神社近くにある新田橋。この橋は、昭和初期に木場で開業医をしていた新田さんが架けたものだ。『辰巳八景』では、江戸時代に置き換えて「佃町の晴嵐」という作品になっている。

「新田橋は個人が架けたもので、土地の人のためにあったら便利だろうなと思ってのことなんだろうね。そうした起こりを知って心が開くと、歩き方が尊くなる。自分の足の歩みが、いいことをしてるような気になれる。知らない場所を歩く散歩の楽しみって、知るとでどんどん自

分が新しくなることなんじゃないかな。知らないことを、学問としてじゃなく、自分の興味の発露の先に横たわっているものとして知る、という。散歩は、人間が思いついた最高の贅沢だと思うよ」

新田橋。大横川にかかる赤い橋。昭和7年(1932)、木場の開業医、新田清三郎が、不慮の事故で亡くなった夫人の供養のために、近隣の人たちと協力して架けた。映画の舞台にもなっている。橋のたもとには、船宿『吉野屋』がある。
新田橋近くにある洲崎神社。「初めて境内に入ったよ」。

「通り」と「橋」を意識して歩いてみる

散歩の楽しみについて、山本さんは「通り」を歩くことを挙げる。

「たとえば永代通りを、永代橋から南砂まで歩いてみると、ぜんぜん違う街になっていく。晴海通りを日比谷公園から東へ向かえば、銀座、築地、勝どきとね。通りは、ずっとつながってるんだというのを実感したのは、じつはマンハッタンなんだよ。毎年1カ月半くらいアメリカに行ってたんだけど、マンハッタンを南から北へ行くだけで、ほんとうに楽しい。5番街を南端のワシントンスクエアから北上していくと、34丁目にはエンパイアステートビル、42丁目にはグランドセントラル駅、59丁目からはセントラルパークがはじまる。歴史が全部、その通りに埋まっていて、それを自分の足で踏んでいくのが散歩なんだと思ったんだ」。

永代橋から隅田川と晴海運河が分かれる風景は「マンハッタンに似てるんだよ」。

鉄道に乗ると街から街へポイント移動だが、散歩で道を歩き通すと、街から街へ移り変わる、そのあわいの空間や景色がおもしろい。街がもつ個性の濃淡を実感する。山本さんの作品には、よく橋を渡る描写があるが、この「橋を渡る」という行為にも近いものを感じる。

「橋は必ず、両岸にかかっているよね。こちら側から渡るか、あちら側から渡るかで、ぜんぜん違うんだ。たとえば永代橋でいえば、東から西、深川から日本橋に渡ると、深川を背負って生活してきた人間が、知らない日本橋の街へ入る。そこで息づかいも文化も時間もすれ違う。どっち側から渡るかということで物事が違って見えることを、橋は教えてくれる」

当然のようにある「通り」や「橋」を、街の変化を意識して歩いてみたい。山本さんはそこから物語を紡ぎ出している。

今回取り上げた著書は『辰巳八景』
深川を舞台に8つの短編を収録。赤穂浪士討ち入りの翌年、元禄16年(1703)から、江戸幕府がゆらぎはじめる天保6年(1835)までの133年をオムニバス形式でつなぎ、市井の生活が浮かび上がる。朝日新聞出版。814円。

取材・文=屋敷直子 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2021年7月号より