味への自信、良い素材を徹底的に選んでいる強さと愛
まず鶏そばの透明なスープを飲んで、コクとともに懐かしさに包まれた。濃厚な醤油ダレの鶏清湯スープをひとくち含めば、鶏油のジューシーな香りが鼻腔を優しく通り抜ける。
「コクとキレがしっかりしているでしょう。薩摩シャモの筋肉質な出汁なんです」塚本さん、ニッコニコである。愛が溢れている。「煮干そばも食べてもらいたいんですけどね。ニボラーの方むけと言うか、ちょっとマニアックと言うか。好きな人には刺さるんですけどね」
そもそも、お店の始まりは煮干しそばのほうからだったという。2015年にオープンし人気店だった煮干そば『煮干中華そば鈴蘭』の中野店を2019年に衣替えして再オープンした『鶏そば煮干しそば 花山』。激戦区の新宿でも人気を博した『鈴蘭』の看板を替えたのは?
「中野は、お客さんの層が本当に幅広いんですよ。平日は通勤のビジネスマン、土日は近隣にお住まいのご家族。駅前とはいえ少し離れたこの立地で、どっちのお客さんも入りやすいお店が欲しいなと思いまして」
文字に起こすと淡々としたビジネスライクな話題なのに、こだわりと愛の強さが噴出して、時折、悩みの唸り声や感嘆符が漏れる塚本さん。この愛が、マニアックな客とファミリー層を合体させた『花山』が生まれたのではないか、と勝手に思う。
あえて謳わない、高級素材やギルティフリーな調理法。けどインパクトは忘れない
ここで、麺の香ばしさについて聞く。まるで焼きたてのパンのような香ばしさは、鶏そばのために特注した『萱野製麺』の低加水ストレート細麺に練り込んだ全粒粉の視覚的効果もあるという。確かに麺の表面の粒を見ると、この香ばしさの理由を見つけたりと言う気持ちになる。
「透明な鶏清湯スープ、脂は少なくシャープなさつまシャモの出汁を無添加で出す。手間もコストもかかるけれど、美味しさと共にヘルシーさも両立しているので、特に食事を細やかに気を付けている女性や健康志向の方にも罪悪感なく食べていただける。それを視覚的にも表現するよう工夫をしています」
確かにそうなのだ、隣のボックス席はちょうどお子様連れのお母さんが、幼児にアーンしているところ。安全な食材、健康的なものでなければ我が子の口に入れないはずだ。
チャーシューも、柔らかく、しかし脂身のない豚肩ロース肉の低温調理の一品だ。「マキシマムコイタマゴ」と名付けた味玉もブランド玉子。主張あるが柔らかで濃い味の極太メンマ。ひとつひとつの素材に隙がなくインパクトがある。
選び抜かれた、そして実際コストのかかる素材と仕事をしているはずだが、お客を選ばない間口の広さが丼ビジュアルからも店内インテリアからも漂う。
「お子様からお年寄りまで、食べたくなるような麺をつくっています。マニアックな煮干そばと、ヘルシーな鶏そば。そこから派生したつけそばと混ぜそばのラインナップで、ご家族やグループでいらしても選べるメニューがちゃんとある。お父さんはクセのある煮干そば、お母さんやお姉ちゃんはヘルシーでコクのある鶏そば、お兄ちゃんはボリューム感のあるつけそば、とか」
どこででも食べられる、はない。『花山』に行きたいと思うメニューを揃える
まず最初に塚本さんに伺ったのは、「レアチャーシュー丼」の洋食の印象だった。鶏そばの全粒粉の麺の香ばしさから、フランスパンの小麦のような香り高さを感じたあとに、“チャーシュー丼のオニオンソースの意外性”という合わせ技の連想から抱いた印象だったのだが。
「洋食の意識はなかったですね。よくあるラーメンと同じチャーシューをご飯に乗せて甘辛い味っていうのは避けました。インパクトを残したい、ローストビーフ丼のような一品としても成り立つようなひと皿に仕立てています」
塚本さんに聞けば、鶏そばのさつまシャモ、煮干そばのセメント色のスープのパンチ、それに負けない記憶に残るメニューを並べたい。そう言う思いから開発した丼だという。
「系列の『煮干中華そば鈴蘭』、『らぁ麺 はやし田』、『らぁ麺 鳳仙花』など同じグループ内でもキャラがしっかり立っています。お客さんが、そうだ『花山』に食べに行こう!って思ってくれるようなメニューをいつも考えているんです」
ビシッとビジネスの話をしながらもその短パンから出るさつまシャモばりの筋肉質な塚本さんの足に、良い出汁が出そうだとつい思ってしまいながら鶏そばを食べ終える。しかし頭の中には次回こそはと熱くお勧めをされた煮干そばという強キャラが既に立ち塞がっている。
ファミリーにも優しく万人に開かれているのに、マニアにもリストされるグループラインナップ。この「中の人」たちのラーメン愛が出汁のように染み渡っていると感じた。
取材・文=畠山美咲 撮影=荒川千波