外壁の塗り替えと同時にそのまま同じ塗料で塗り固められた見事な〈カメレオン看板〉です。
遠目にはわかりませんが近寄ってみると元は平滑面だったはずの看板の部分までモルタル壁のぼこぼこしたテクスチャーで覆われ、家屋の外壁と一体化しています。外壁工事で塗料に砂を混ぜてスプレーするリシン吹き付けという仕上げによるものですが、せっかくそこまでするのならなぜ事前に看板を外さなかったのか、そして、そこには一体何が書いてあったのか……今となってはすべてが謎として封印されてしまいました。
いっぽうこちらはずいぶんと安直な仕上げです。何かを消すために上からスプレーを噴いただけ。もやもやとした形がそのまま見る人の心までモヤモヤさせてくれます。
せめてドアと同じグレーにすればこんなに見苦しいことにはならなかったのに、どうしてまた白のスプレーで?
じっと見ていたら、もしかしたらここにはもともと白い文字で何かが書かれていたのではないかという気がしてきました。それもスプレーによる何か心ない落書きだったとしたら……そう考えると、ボールペンの書き損じをぐりぐりと塗りつぶすように、白いスプレーの落書きを同じく白いスプレーで潰したであろう経緯もうなずけます。
推理を進めるうちに心のモヤモヤも少し晴れてきましたが、この扉に何が書かれていたのかは依然として霧に包まれています。
ブロック塀をグレーのペンキで上塗りしたのはいいのですが、どうして途中で止めちゃったの?
口笛を吹きながら軽快にローラー刷毛を運び、古びた看板の半分まで来たところで、あ!しまった……看板は塗らずに避けるはずだったことに気がついたみたいです。
気づいたところで看板ごと外して塗り直してしまえば失敗も隠せたのに、これではいつか看板を外したときに下からコンクリートの地が露出するという第二の失態が目に浮かぶようです。
半分溶け込むように隠れて、半分顔を覗かせている、昔のコメディ映画のお間抜け探偵のように頼りないけど愛嬌のある姿がたまりません。
駅のプラットホームの壁がこんな状態になっていました。
以前ここには鏡があって、出かける途中で姿見を覗(のぞ)けるのは意外に便利だったのですが、いつの間にか撤去されていたのです。
驚いたのは鏡が消えた後のこの壁です。新しいペンキで、しかもツートンカラーできれいに塗り直されているのですが明らかに色味が違う。新品の壁の色をしているんですね。
鏡を外したら当初の壁色がきれいな状態で出現したのかとも思いましたが、近くで観察すると表面の質感から塗り直してまだ日が浅いことがわかります。
おそらく駅の壁の色は鉄道会社のデザイナーが定めた固有色で、壁面上部のクリーム色と下部のグレーには塗料会社が調合したオリジナルの配合比の専用塗料があるのでしょう。修繕業者が指定通りの専用のペンキを使って塗ったら、こういう結果になってしまったに違いありません。
きれいに補修して何も無かったことにしたかったはずなのにこれでは明らかに何かがあった気配がする──消えた鏡が時を超えてその存在の形跡を映し出しているかのような、タイムスリップ的な時間の窓が出現しました。
すでにほこりで褪色した大部分と今回新たに塗った一部分の境界が消えるのはいつの日か、さらに遠い未来のことになりそうです。
文・写真=楠見 清