ビジネスマンへのねぎらいを込めた難読な店名
初見では読みにくい店名だ。「保夜萬歩」と書いて「ほやまんぼ」と読む。「昼間に1万歩、2万歩と歩き回ったビジネスマンが、夜に立ち寄り、ほっと安らげる場所になればと命名したそうです」とは料理長の村椿(むらつばき)智さん。
店は神田駅西口すぐの磯見ビル4階。3階に焼き鳥をメインにする『保夜萬歩』(本店)があり、2016年に神田多町で割烹の『保夜萬歩2』(現在休業中)が開店。翌年にこの店がオープンした。店名の参(スリー)は3号店を意味する。
本店は「常連を大切にしたい」と基本的に一見さんはお断り。その代わりではないが、ここ3号店は広く門戸を開き、初めての人も大歓迎している。
店のコンセプトはおでんと日本酒。おでんのだしは鶏ガラを煮立てて灰汁(あく)をとった後、ゆっくり抽出した鶏ガラスープに、鰹節と昆布のだしを合わせる。味付けは白醤油、塩、みりんで行い、透き通った色合いの上品な味に仕上げている。
まるで懐石料理の一品のようなスペシャルおでん
大根、ちくわぶ、厚揚げ、しらたきなどの具材を大鍋で煮る定番のおでんはもちろんだが、この店ではスペシャルおでんが味わえる。料理長の村椿さんは有名割烹で腕を磨いた経歴があり、高い技術を元に遊び心に富んだスペシャルおでんを次々に編み出しているのだ。
たとえば、カニ面。石川県の金沢おでんにヒントを得たもので、本場では香箱ガニ(メスのズワイガニ)の甲羅の中に蟹味噌、内子・外子(いずれも卵)、ほぐした身を詰め、その上をむき身のカニ足で覆っていく。この店では甲羅内に蟹味噌を加えたカニ真丈が詰めてあり、とろみを付けたおでんだしをたっぷりとかけて出す。
揚げ大根は揚げ出し豆腐のような感じ。下茹でして味を染みこませた大根に小麦粉をまぶし、カリっと油で揚げた後におでん出汁をかけて、アツアツの状態でいただく。大根を包む薄い衣に出汁がよくしみて、腹の底からホカホカと温まる。
1個ずつ手作業で巻いていく合鴨ロールキャベツ、手羽先の中骨を取り出してエビ真丈を詰めて揚げた手羽海老真丈、外皮を抜いたトロトロの焼きなす、青唐辛子入りのだし巻き玉子など、おでんの枠を飛び出し品々に驚かされる。
毎月1回、懐石と燗酒をゆったり味わうイベントを開催
店内を見回すと造り酒屋の前掛け、半纏(はんてん)、幟などが、たくさん飾られている。いずれも取引のある造り酒屋から贈られたもので、相原酒造(広島県)の「雨後の月」や松井酒造(栃木県)の「松の寿」など、常時約30銘柄の日本酒を揃えている。
2019年からはホール担当に吉永潤一さんが就任。吉永さんは燗酒の名人で、自前の酒燗器かんすけで湯煎し、それぞれの酒にあった温度に温めてくれる。
人気店ゆえに平日は大にぎわい。お客さんとゆっくり交流できる日があってもよいとスタートしたのが、毎月1回(主に最終土曜日)開催する「村椿の懐石と吉永の燗酒の会」だ。旬の食材を使った7~8品の料理とそれぞれに合う燗酒が提供される。完全予約制なので、参加したい方は申し込みを忘れずに。
取材・文・撮影=内田 晃