2017年、念願の地元でオープン
一面ガラス張りで歩道からも中がよく見える広い間口。外光が入り込む明るい雰囲気、接客する女性店員さんたちのやわらかい物腰、ゆったり選びやすいパンの配置……、そんな心地よさも人をひきつける要素なのだろう、昼下がりでもご近所さんがひっきりなしに訪れる。
『Boulangerie Coton』は、近年パン屋が不在だったという鶴瀬駅東口エリアに2017年にオープンした住民待望のベーカリー。富士見市出身の店主・綿貫享さんは、パン屋を本格的に志した高校生の頃から、「自分の店を開くならいつか地元で」と思い続けて念願が叶ったという。
「鶴瀬が好きで安心するというのが一番。でもそれだけじゃなく、選べるほどたくさんパン屋がある都内ではなく、パン屋が少ないエリアでおいしいパンをつくりたい、パンのおいしさを伝えたいと思ったんです。それが自分の地元でできるなんて、本当に幸せです」
3日間かけて作るデニッシュ生地は絶品
パンの種類は80種以上、焼き菓子を入れると100種ほどという豊富なラインナップ。そのなかで特に目を引くのは、いくつもあるデニッシュ。果物がたっぷり立体的に乗っていて、まるでケーキみたいに見目麗しい。カレー、コーンなどを使った食事系のデニッシュも並んでいる。材料の仕込み、折り込み、焼き上げと工程に3日間かかるその生地は、時間が経っても油っこさはなく、ポロポロ細かに崩れることもなく、層がしっかりしていてパリパリと小気味よい食感で最後まで食べやすい。国産の発酵バターを使用し、そのかぐわしさにもうっとりする。
店主の綿貫さんにとってデニッシュは特別な存在だ。パン職人として駆け出した20代前半、参加した講習会で岐阜県・飛騨高山の『トラン・ブルー』のシェフが世界大会出品用に作ったデニッシュと対面。当時の綿貫さんには見たこともないようなフルーツの扱いと美しさに衝撃を受け、すっかりデニッシュのとりこになった。これを機に、『モンサンクレール』(目黒区自由が丘)、『トラン・ブルー』などと、パンやスイーツの名店で着々と経験を重ね、今に至る。このデニッシュの華やかさは、やはり修業時代に築かれたセンスと技術の賜物?
「それが大きいと思います。ただ、今でもケーキ屋さんへは足を運んで勉強しているんです。トレンドはがよくわかりますし、“見せる”ということにも長けています。食材の組み合わせやフルーツの使い方など、発見が多いので常に吸収させてもらっています」
旬の果物など、身近な国産食材を使用
果物をはじめとする素材は、旬や国産品を積極的に取り入れているのも魅力。お客さんには毎日同じパンだけでなく、季節感をイベント的に楽しんでもらえたら、という思いがあるという。しかも旬の食材は、より季節感を感じられるよう、できるだけフレッシュ(生)に近い状態で提供することを心がける。
「隣駅のみずほ台に厳選した質のよい野菜を扱う『八百八(Yaohacci)』という八百屋さんがあって、果物などはそこに配達してもらっています。知らない知識をいろいろ教えてくれますし、自分が求めるものに近い品種を提案してくれたりする頼もしいお店で。うちのオランジェ(デニッシュ)に冬場使う国産オレンジもそこから教えてもらいました。広島でネーブルが採れるなんて知りませんでしたよ」。
今(初秋)が旬のシャインマスカットや梨は富士見市産のものを、近隣の三芳町からはサツマイモを調達し使用する。デニッシュにも使われるカレーはお隣のふじみ野市のカレー店『Jam3281』での特注品だし、サンドやバーガーに使うコロッケやヒレカツは近所の『国畜精肉店』のもの。地元のもの、地元のつながりも大切にしていることが、パンにもよく表れている。
開店して3年。店は地元に広まりお客さんも定着し、綿貫さんのデニッシュはすっかりなじんだ。
「でも課題もあるんです。食べやすさをアレンジしていこうかと。うちのお客様は車でいらっしゃる方よりも徒歩や自転車の方、ベビーカーを押してくる方が多いので、せっかく持ち帰っていただいても飾ったフルーツが崩れてた、なんてことがないように、考えて組み立てることも必要だと思っているんです」
愛する地元で、今のお客さんを大切に、寄り添いながら工夫とチャレンジを目指す。これからの進化も楽しみにしたい。
『Boulangerie Coton』店舗詳細
取材・文=下里康子 撮影=本野克佳