平子祐希(ひらこゆうき)

1978年生まれ、福島県いわき市出身。特技にラグビー(高校時東北選抜)。2006年に酒井健太と共にお笑いアルコ&ピースを結成。『THE MANZAI 2011』『THE MANZAI 2012』50組認定漫才師・ファイナリスト選出、『キングオブコント 2013』ファイナリスト選出。『平子祐希写真集「艶夢」』(講談社)発売中。

カオス感と地元感が混ざる、まるでミニインドな街

—— 高円寺に住み始めたのはいつ頃ですか?

平子 東京に来てすぐは川崎の生田にある寮に1年いて、そのあと世田谷に2、3年、高円寺に来たのはルームシェアがきっかけです。弟と友達と3人で住んでいたんですが、その時に知り合った子が高円寺の地元の子で、今の妻です。それからはずっと高円寺の中で引っ越しを繰り返しながらって感じです。

—— 高円寺から出たいと思ったことはないですか?

平子 ないですね。子供ができてからは、余計に出たくなくなりました。この街には若者も多いけど、お年寄りも多くて、いろんな方がいる。週末の駅前なんか特に、ちょっとミニインド感があるんです(笑)。カオス感と地元感が混ざり合ってるというか。高い建物がないし、商店街の狭い感じとか、いろんな地方都市出身者が思う「地元」の、ちょうど中間みたいな雰囲気があるんです。

—— 出身の福島とも近さを感じますか?

平子 街並みが似ているわけじゃないし、別に近くもないんですけど、なぜかそれに近い感覚はありますね。7階建てがタワマン気取りできちゃうっていう。

——平子さんが芸人を目指したきっかけは?

平子 正直に言うと、他のことが全部嫌で、逃げて逃げてたどり着いた感じです。ラグビーをやっていたけどしんどくて嫌、大学にも行けない、地元に就職する自信もない。じゃあ東京にでも行こうかってなったとき、無理やりこじつけで「昔からエンタメに興味があった」って親に嘘をついて、筆記試験のない専門学校に入ったんですよ。バラエティーもそんなに見ていなかったし、漫才やコントを見る土壌が地元にはなかったし。だから板の上で死にたいと思って芸人を目指したわけでも全くなくて。本当に逃げ続けた先が、ここだったというか。

—— 芸人になって売れてやろう、という野心はなかったですか?

平子 お金持ちになってやるっていう発想も、正直あまりなかったですね。フェラーリに乗りたいとか、そういうことを考えたことがない。むしろ、親を納得させられるかなとか、どうやって食べていくかなとか、そっちの感覚ですよね。野心を持っているっぽくやらなきゃ食えないんじゃないか、と思っていた時期はあります。でも、やっぱり大声とかが似合わなかったし、自分で言っていて違和感があった。ようやくこの年次になって素を出すのが許されてきた感じですね。だから今その環境に甘んじているというだけで、本当はもっと大きい声を出してはしゃぐというのが正解なのかもしれないですけど。

高円寺では、誰かがなんかしらを下積んでる

—— 高円寺での下積み時代はどんな感じでしたか?

平子 いや、通っている店も、過ごし方も、昔から120%変わってないですよ。古着屋行って安い居酒屋で飲んで……って。テレビのお仕事を多少いただけるようになった今でも、明日下積みに戻る可能性を秘めていると思っているし、タワマンの上から東京の光を見下ろすような生活をした経験がないから、「下積みが終わった」という感覚も正直あまりない。ずっとその延長上にある感じ、果たして下積みが終わったのかどうかも、自分では無自覚なままなんですよね。でも高円寺は基本やっぱ下積みの街じゃないですか。誰かがなんかしらを下積んでる。夢を追う若者もいれば、夢破れた大人もいて、そこが混在してるんで。

—— 高円寺には芸人さんが多いのも、そういうことだと。

平子 若手のうちは中野や新宿近辺の劇場に行きやすくて、比較的家賃も安い。だから高円寺が選ばれる。テレビ局が主戦場になってくると移っていく人も多いんですが、最近は「残留組」も増えてきた感じがしますね。M-1で優勝しても、高円寺から出ない。引っ越したとしても東中野とか、高円寺に引っ張られながらちょっとだけ距離取ってる(笑)。

—— 高円寺には夢追い人を引き留める何かがあるんでしょうか。

平子 めちゃめちゃいい意味での「ぬるま湯」というか、適温に浸かっていたい人たちの集合体が、高円寺を形成しているような気がします。ギラついた上昇志向がある人は、たぶん高円寺には残っていない。メジャー志向の人はもっと都会に出るんですよ。高円寺は、ガンダーラへの旅の途中で見つけた、小さなオアシスの村みたいなところ。「もうここが自分のガンダーラでいいや」って根を張った人たちの中に、僕も一員として混じっている感じです。

—— 芸人としての平子さんと高円寺という街はリンクしていると思われますか?

平子 そうですね……たとえば渋谷、新宿、原宿の皆さんがいるとき、高円寺がちょっとだけ下から見守るというか、それと似ている気がしますね。

これはある時期に気づいたことなんですが、おしゃべりが上手な人、モノマネが上手な人、お客さんをつかむのがすごい人、明るい人、漫才が強い人、それぞれ細分化された山の頂上があって、そこにはすでに「主」がいる。その山に登っても、主には勝てない。だったら低くてもいいから自分の山を作った方が、食べるまでが早いんじゃないかっていう気づきがどこかの時点であって。最初はあの山を登ろう、あの人の背中を見て進もうって思うんですけど、そこには飲み込まれてしまうことが分かってきた。だから代々木とか中目黒の山じゃなくて、中央線でちょっと西に来た、この辺に山を作ろうかっていう。半地下の2階でいいんじゃないか、ぐらいの(笑)。

—— 先日ネットから地上波に進出した『毎日賞レース』のMC、あれはアルピーさん以外考えられないなといつも見ていて思います。

平子 あの番組は演者のネタに僕らが時折ツッコむスタイルなので、コメント欄に「お前らごときが偉そうに」って書かれることもあるんですよ。でも、あれは僕らぐらいがやっているから、若手が伸び伸びとネタを作れて、緊張せずに披露できると思ってます。もし圧のある、オーラのある芸人さんがMCだったら、ネタが固まってしまう。「MCに笑ってもらおう」というネタの作り方になってしまう。僕らには全然そういう「芸能圧」がないから、若手も世間様に向けて肩の力を抜いた自分たちなりのネタを持ってこられるんじゃないかなと。いや少しは俺らにも緊張しろよとは思いますけど(笑)。

—— 非常に難しいことをやられてると思います。

平子 アルコ&ピースというコンビの特徴として、ギャグもないし、モノマネもないし、明るくないし、はしゃがないというところがある種特徴になっていて、どの現場にもいられるというか、「ここ誰入れようか、誰でもいいんだけど」っていう一枠にすっぽり入れるコンビとして見てもらえるようになったのかもしれないですね。

—— もっと主人公になりたいと思ったことはないですか?

平子 ないことはないですけど、「お前は主人公にはなれないよ」って自分の髪を引っ張ってくれるのが、もしかすると高円寺だったりするのかなとも思います。だっていまだにテレビ局に行っても「うわテレビ局だ」って思うし、声をかけられても「俺じゃないだろうな」って思う。港区に住んだら芸能人としての自覚が芽生えるかもしれないけど。

—— 地に足がついてる?

平子 よく言えばそうなんでしょうが、どちらかというと膝下ぐらいまで街に埋まっている、沼みたいな感覚が高円寺にはある気がして。いいのか悪いのか分からないですけど(笑)。

後輩なんかを連れていくとみんな喜んでくれる

—— 平子さんおすすめの高円寺スポットはどこですか?

平子 『桃太郎すし』と、『トリアノン』というケーキ屋さんですね。妻が地元の人なので、家族でご飯と言ったら『桃太郎すし』、誕生日のケーキは『トリアノン』って決まっていて。家族の定番はこの2軒で、人によってはお寿司は『七福神』だったり、それぞれの店にはそれぞれの思い出がある。

あと、僕が後輩を勝手に連れていくのが『四文屋(しもんや)』です。俳優の後輩なんか連れていくと、みんな喜ぶんですよ。以前、アナウンサーさんと一緒に新番組が始まるってなって、じゃあご飯でもということで西麻布の個室焼き肉屋を準備してくれたんですが、会計を見てふざけるなと(笑)。次からは高円寺にして、全員パンパンになるまで飲み食いして、会計がきれいに西麻布の10分の1でした。それからもう高円寺飲みは決まり事のようになっています。

—— 10分の1!

平子 新鮮らしいんですよ、特に俳優さんには。みんなどこかで芸能人らしくしなきゃいけないというプレッシャーの中で生きていて、看板のない鉄扉のバーで飲めるようでなきゃいけない、みたいな気持ちがどこかにある。そういう中で、高円寺の正体不明のおじさんたちが飲んでいる店で感じる居心地の良さって、なんか人間の原風景というかね。深呼吸できる場所が東京にもあったんだっていう。

—— 人間の原風景、確かに。

平子 25年住んでいて、殴り合いを見たことが一度もないんですよ。あんなに酔っ払いが多くて、昼間から一人で喋っているおじちゃんおばあちゃんがいるのに、暴力沙汰を見たことがない。よくバス停に貼ってあるビラとかで、みんな笑顔で動物も仲良く暮らす「理想郷」みたいなイラストあるじゃないですか。あれを茶色〜くしたのが、高円寺なんじゃないかって思います(笑)。

—— 高円寺とは茶色い理想郷であり天竺(てんじく)の手前でありマイガンダーラ。

平子 住み心地がいいというより、「ここでいい」という感じですね。家も建てちゃったので、もう一生高円寺です(笑)。高円寺にいる理由は突き詰めると妻なので、妻がいなかったら引っ越していたかもしれない。そう考えると「高円寺とは妻である」とも言えるのか。

高円寺に来ると雇われてるんかなっていうくらいそれっぽい人がいるじゃないですか。鶏が先か卵が先かじゃないですけど、そういう人だから高円寺に来たのか、高円寺に来てそういう人になったのか、もう分からないですよね。みんな頭に透明なターバンが巻いてある。僕も気づいたらそのターバンが巻いてあった、ということなのかもしれないです。

こちらでお話を伺いました

『小杉湯』

昭和8年(1933)創業の、高円寺を代表する銭湯。入浴料金550円。シャンプー、ボディーソープなど完備で至れり尽くせり。隣にある銭湯付きシェアスペース、その名も『小杉湯となり』も話題。オープン前の浴室でお風呂椅子に座ってインタビューをさせていただきました。

住所:東京都杉並区高円寺北3-32-17/営業時間:14:00〜翌1:30(土・日・祝は8:00~)/定休日:木/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩6分
住所:東京都杉並区高円寺北3-32-16-2/営業時間:9:00~22:00/定休日:木/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩6分

取材・文=西澤千央 撮影=井原淳一
『散歩の達人』2026年8月号より