待ち合わせは15時、千住柳町の『金の湯』にて開店時間だが、まだ開かない。けれども、入り口の前は常連衆でごった返している。
「大体、10分くらい遅れて開くんだ。パチンコ屋だったら、暴動が起きちゃうねえ」
振り返ると、浴衣姿の一蔵師匠がそこにいた。奇しくも同時にシャッターが開き、入り口に暖簾がかかる。一蔵師匠、今日はよろしくお願いします!
「くすぐってえや、一蔵さんと呼びな。しかしどうだい。みんな一番風呂が楽しみなんだね」
20人ほどいた人々は、一気に店内へ吸い込まれた。なんなら、もう出てきた人もいる。早っ!
「江戸っ子てな、せっかちだからね。烏の行水なんだよ」
「一蔵さんも、滞在時間5分くらいで帰りますもんねえ」
現れたのは、店主の土田勇一さん。にっこり一蔵さんが借りてる8番ロッカーの鍵を手渡す。
「浴室に入ったら、サウナ用の黄色いタオルを持ってる人がどれだけいるか確認する。譲り合いだからね。混みあわないタイミングで、サウナに入るんだ」
周りの人への配慮を忘れず、楽しむ。大事な心得だ。しかと心のメモに書き込む。また、サウナを出たあとの動きにも一家言ある。「一番手前の洗い場を取るのがコツだね」と、陣取った洗い場は、サウナと水風呂の目の前。「整いの三角地帯」の完成だ。サウナと水風呂を数回行き来して、あつ湯でざんぶり。一蔵流『金の湯』のフルコース。気持ちいい!
「湯もサウナもいいけど、細かいところまでピッカピカなの」
この心配りが、一蔵さんを毎日ここへ誘うのである。
続いて向かったのは浴槽のバラエティー豊かな『湯処じんのび』。浴場や待合室には、「入浴時、先ずシャワーから この事を下湯を使うといいます」といった、数多くの「銭湯ルール」が貼り出されている。「先代である、父が書いたんですよ」と、大将の田中さん。
これを見て「いいねえ」とうなる一蔵さん。
「銭湯ってのはさ、地域のみんなで子供を育てる空間でもあるんだよね」
再び千住柳町へ戻り、『ニコニコ湯』へ。今どき珍しく、薪で焚く銭湯だ。独特の柔らかな湯あたりのあつ湯はもちろん、薪の端財を利用して作った玩具の数々に興味津々の一蔵さん。ひとたび遊び始めたら、もう止まらない。待合室で遊んでる時間の方が長いんじゃなかろうか。
「待合室で、周りの人と交流する。そういう経験をした子供たちは、大人になっても、銭湯へ足を運ぶと思うんですよ」と、鈴木さん。一蔵さんも深く頷(うなず)く。
どの銭湯にも温かい思いがある
さて、そろそろお開きの時間。本日の総括、いただきましょ!
「芸は人間、銭湯も大将なり」
いただきました。その心は?
「銭湯には、『地域の人々のため』という、大将の思いが詰まっている。それが、浴場や待合室などに表れる。湯の温かさも、人の温かさもどっちも大事なんだね」
今後もさらに、一蔵流銭湯を極めて参りましょうぞ!
【あだち銭湯 その壱】やっぱり江戸っ子はあつ湯でしょ!『金の湯』
「なんといっても、ここはあつ湯!」と、ニッコニコの一蔵さん。ぐつぐつのあつ湯に浸かる……と思いきや「あわてるな、まずはサウナから」。約90℃の高温サウナは、本の持ち込みOK! ゆったり汗を出して、水風呂へ。これを5サイクル!だいぶ頭が冴えたところで、あつ湯へザブン! 整った体にしみ込んで来るかのような、湯の熱で、芯からポッカポカになるのが分かる。くはー! 気持ちいい!
一蔵さんの教え
サウナでは思い思いに過ごすべし!
銭湯サウナとしてはとても広くてゆったり。しかも、何がいいって本を持ち込めるってことなんだよね。体だけじゃなくて、頭の中も整える。これが『金の湯』サウナの過ごし方!
水風呂をサッとはさむべし!
『金の湯』の水風呂は、約20℃と入りやすい温度。シャワーの温度も絶妙で、サッと浴びたら水風呂が苦手な人も入りやすい。あつ湯やサウナでのぼせないように、間に挟もう。
『金の湯』店舗詳細
【あだち銭湯 その弐】隅々まで制覇したい エンタメもりもりの湯『湯処じんのび』
北海道は二股川上流、国内唯一のラジウム・カルシウム温泉の湯の華を使った、「二股カルシウム温泉」が目玉。浴槽に設置されたテーブルをひじ掛けに、旅情を感じながらじんわり温まる。「ぜひ、屋上に登ってみて」と、店主の田中匠さん。そこには散歩湯が。底に設置された石が足つぼを直撃。ぐりぐり刺激で足が軽い。湯上がりキンキンのサイダーをくいっとやれば「くぅ~!」とえびす顔の一蔵さん、いっちょあがりです!
一蔵さんの教え
散歩湯から空を見上げてみるべし!
週ごとに男湯、女湯が入れ替わり、屋上に行けるのはどちらか一方。運よく屋上に当たったら、散歩湯から空を見上げてみて。季節ごとに違う空の顔を、拝めるってもんよ。
浴槽ごとの個性をつかむべし!
温泉、歩行湯、露天風呂、電気風呂、サウナ。子供向けのメルヘンバスなんかもあって、老若男女を楽しませる心配りが見て取れる。いろいろ入って、違いを見るのも一興だね。
『湯処じんのび』店舗詳細
【あだち銭湯 その参】湯にも待合室にも薪の魔法がかかってる『ニコニコ湯』
瀬戸内海が描かれたペンキ湯のたもとに、湯がぐらぐら。薪で焚かれたとびっきりのあつ湯だ。ざっと浸かれば、柔らかで軽やかな肌触りに驚き。体の奥から温まる! 塩サウナで汗を出したら、すぐ隣のプールへ。約30℃のぬるさが、クセになる。待合室には、店主の鈴木秀和さんが薪で作ったおもちゃが。「ああ~、難しい~」。童心に帰って遊び倒す一蔵さん。やばいっすよ、永遠に居ついちゃいますって。
一蔵さんの教え
湯上がりまで力いっぱい楽しむべし!
待合室に大将自作のおもちゃが置いてあるんだから、遊ばない手はないってもん。ほら、知らず周りの人とも盛り上がってるでしょ? 待合室ってさ、社交場なんだよ。
知りたいことは少しずつ聞くべし!
銭湯に通ってると、知りたいことが出てくる。でもさ、一気に聞くのは野暮ってもん。薪とか、グッズとか、おもちゃとか。通うたびに少しずつひも解いていくのが、粋ってもんなのさ。
『ニコニコ湯』店舗詳細
『散歩の達人』2026年9月号より







