やまだないと

1965年生まれ、佐賀県唐津市出身。1990年『週刊ヤングマガジン』にて『キッス』で連載デビュー。代表作に『西荻夫婦』『東京座』『コーデュロイ』、映画化された『フレンチ・ドレッシング』『ラマン』『王様とボク』、映画感想集『ハルヒマヒネマ』など。西荻を描いた作品には『西荻カメラ』(杉並北尾堂)も。

古い場所にできる新しいものにワクワク

――西荻に来たのはいつ以来ですか。

やまだ とはいえ1年ぶりくらいですよ。確か去年の夏、『甘いっ子』のかき氷食べに行きました。ただ、最近は目当てのお店を目指して行くので、街をぶらぶら歩いたのは久しぶりでした。

――歩いてみた印象はいかがですか。

やまだ 駅の改札出たとこが西荻じゃなーいって思いましたね。『KINOKUNIYA』なんて文字が見えて。でも、住んでたときからこんな風に駅ナカって感じで少しずつ変わってって、その頃できたアイリッシュパブとか、わりと浮かれて活用してたので、「あ、いいなあ」とも思いました。住んでたら便利だと思ったろうなって。

――街自体の変化は感じますか?

やまだ 西荻にありそうでなかった雰囲気のお店がいろいろできてるなという印象です。南口の古民家カフェ? 『Re:gendo(リゲンドウ)』なんて、ああいう雰囲気、わたしが住んでた当時、西荻にありそうでなかったものですよね。おいしそうなお店がいろいろできてて、今度夜「わざわざ」行こうと思いました。

――「西荻にありそうでなかったもの」。

やまだ わたしが住んでた頃だったら、ちょうど南口の裏に『ハンサム食堂』ができたり、奥に『Bar le Matin(ルマタン)』ってワインバーができたり。古い場所にできる新しいものにワクワクしました。

仲通街のピンクの象。「あのピンク色が受け入れられてるって、いい街だなと思ってました」。(やまだ)

“いつか暮らす街”は東京というか西荻だった

――『西荻夫婦』はどんな経緯で描くことになったのでしょうか。

やまだ 漫画の背景に写真を使ってたので、いつでも写真が撮れる、今住んでるとこを舞台にしたってことでした。

――先生が西荻に住んでいたのは、いつからいつまでですか。

やまだ 1995年の春から2006年の春までですが、その前に91年ごろ、ちょっとだけ住んだことがあります。高校生のとき漫画を描き始めて『マーガレット』で入賞したんですけど、その後、『週刊ヤングマガジン』で連載デビューが決まるまで、自分が漫画家になって東京で生活するとは全く思ってませんでした。でも、いつかひとりで暮らす自分を想像するとき、わたしが暮らす街は東京というか具体的に西荻だったんです。なぜかというと、『マーガレット』で友達になった漫画家の杉本あつこさんが住んでいて。東京に行ったとき、杉本さんちに泊まったんですね。次の日、彼女が案内してくれた西荻の街が原風景としてあって。

『こけし屋』本館2階の喫茶室。 『西荻夫婦』単行本のカバ ーそでの写真もこの場所。

やまだ 北口を下ってって、『慈光』とか女子大通りに並んでた小さいアンティークショップとか案内してもらって。『ベビヰドヲル』も覚えてるなあ、『ほびっと村』の八百屋さん、『こけし屋』の2階の古い喫茶室、サバランってケーキ。こんなのが生活の中にあるんだあ、と。そんな街で自分の時間で起きて寝て、散歩してお茶して漫画描いて。その西荻って街は吉祥寺とつながってて、そこには大島弓子の生活があって、何より! 江口寿史がいる! と、そう憧れて思い描く街だったのに、実際東京で最初に住んだのは南阿佐ケ谷。ヤンマガの友達んちの近くでした。

――最初は西荻ではなかったのですね。

やまだ 漫画家も連載も東京も一気に具体化してしまったので不安だったのかな。そのあと、西荻に部屋を見つけたんで引っ越してみたんですけど、なんかしっくりこなかった。気後れしちゃって。まだ憧れた杉本さんの生活を借りてるような気分だったのかな。仲良しが三宿や小田急線沿線にいたんで、またすぐ下北沢に引っ越しました。

―― 95年の引っ越しは、満を持して?

やまだ 下北沢で家族ができたのもあって、これが自分の生活なんだと思えるようになってきたとき、だったらその街は西荻がいいなと思ったんです。

西荻に暮らして初めて街で友達ができた

――住んでみて、他の街での生活とここが違った、と思うことはありますか。

やまだ 街の違いなのか、そこに住んでたときの自分が変わったのか、西荻に暮らして初めて街で友達ができました。それまでは友達が住んでる街に住んでたのに、住んでる街で出会った友達ができた。歩いててこんにちはと声を掛け合ったり、訪ねて行ったり。もともとわたしはそういう性格ではないので、あれはちょっと今思うと不思議です。わたしは「なじむ」のが苦手で。自分から距離を置くとこがあって、お店でも「いつもありがとうございます」なんて言われるともう恥ずかしくなってしばらく寄り付かなくなるような。変に自意識過剰。西荻を出たのはなじみすぎたからだろうなあ。でも、それはすごく幸せで好きな暮らしだったから、変わったり無くしたりしたくなくて、ここまででいいって思ったんですよね。10年くらいの思い出ならずっと持ってられるだろうって。

――『西荻夫婦』の帽子屋さんは『Straw(ストロー)』さんでしょうか。「ミーちゃん」とお友達のように描かれていましたね。

やまだ そうです。それこそ街で友達になった人です。通りかかったとき理想の帽子を見つけて。黒いグログランリボンのついた麦わら帽子って昔から好きで。こんな帽子がほしいと言うとイメージ通りに作ってくました。

帽子屋さんが南口の喫茶店『それいゆ』にいるナイトーを見かけるシーン。「『それいゆ』はよく行きました。いつもお客さんが連れてる2匹の大きな犬がお店の前にいて、天丸・地丸って勝手に呼んでました」(やまだ)(C)やまだないと/祥伝社フィールコミックス

生活があって、街がある

――他にも実在のお店が登場しますが、実際に行かれていたお店でしょうか。

やまだ 全部実際行ってたお店です。今はもうない北口の「鳥介」には、いつの間にか『西荻夫婦』が置いてあって、ご主人が「この漫画に出てるんだよ」って教えてくれました(笑)。

――「西荻に初カフェ」というシーンが、今の西荻を考えると衝撃です。

やまだ 『NEWBURY CAFE』ですね。今はカフェがいっぱいですね。

――住んでいた頃の西荻は、先生からみてどんな雰囲気でしたか。

やまだ 大人の男の人が昼間から喫茶店にいる、ピシッとしてない、建物もピシッとしてない、そんな感じでした。ビルの四角いテナントじゃない感じ。帽子屋『Straw』さんと『サウスアベニュー』さんの古い店舗の建て替えをすごく惜しいと思ってたけど、四角くてもそれなりになじんでしまいましたね。

――先生は、街の変化をポジティブに観察している印象があります。

やまだ 変化にポジティブっぽく振る舞えるのは、自分が街とそんなに深く付き合えてないと思うからですよ。でも、古い街並みや建物が壊されるのは本当に嫌です。壊した後が次々に壊しやすい建物になっていくのが嫌。街は古いものをつぎはぎして使って新しくなっていってほしい。でも、嫌だなと無力に思うだけで。そういう付き合い方しかできないんです。街とも人とも。

――でも、西荻の街でお友達ができたのは、住んでいた街を漫画に描いたから、ということではないですよね。

やまだ 西荻の漫画を描いてたからではないですね。西荻に暮らしてる人、近所の人として付き合いができていった。『西荻夫婦』は、街を描いたというより、ある夫婦の生活を描いたものなので。やっぱり生活があって、街があるんだと思うんです。そういう風に西荻と付き合えた10年がうれしかった。

――『西荻夫婦』の夫婦には、本当に先生の生活が投影されているんですね。

やまだ あれは二人ともわたしです。自分の矛盾を一人の人間で描く事は難しいから。わたしが西荻を引っ越したとき、あの夫婦はわたしの中にはもういなかったんです。あの夫婦は、西荻で暮らしたわたしの時間なんですね。

――離れたあとも思い出す西荻の風景はありますか。

やまだ わたし、南口のみずほ銀行あたりから見る駅の緑の高架線が好きでした。ホームにいる人が空中に立ってるみたいで。初めて西荻の杉本さんちに泊まったとき、窓からホームが見えたんですよね。朝会社に行く人が電車待ってて、それをベランダから見てる自分が、なんか不思議と未来とつながってるような気がしたのを覚えてます。

「東京に来るまで個人商店で買い物したことなかったんです。『八百松』さんではぬか漬けをよく買いました。あの鳥居の先にお稲荷さんがちょこんとあるんですよね」(やまだ)

やまだないと個展『ニシオギクボノトナリノトナリ』開催中

やまだないとさんの個展『ニシオギクボノトナリノトナリ』が10月11日(日)まで阿佐ケ谷『VOID』にて開催中。代表作である『西荻夫婦』の鉛筆原画に加え、描き下ろしドローイング作品やジークレープリント作品、各種グッズ展示を展示/販売。また、作品はVOIDのオンラインストアでも販売予定。

●プレゼントのお知らせ●
10月11日(日)23:59までにさんたつサポーターに登録いただいている方を対象に、記事に登場する西荻のイラストを含む、やまだないと先生の「直筆サイン入りポストカードセット(4枚入り)」を抽選で5名様にプレゼントいたします。
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イラスト=やまだないと 取材・構成=渡邉 恵(編集部)
『散歩の達人』2019年11月号より

みなさん、11月号「荻窪・西荻窪」特集、お楽しみいただけましたか?実は、発売中の12月号「お茶とあんこ」特集でも“お茶とあんこの街”としての西荻窪を取材しています。こちらもぜひ、散歩のお供にどうぞ。 2号にわたって取材した西荻窪のこぼれ話として、散歩の中で出合った本について書こうと思います。11月号では西荻に住む作家・角田光代さんのインタビュー記事もありますので、そちらもぜひ。というか、まずそちらからぜひ。