散歩好きにはたまらない街
台湾中南部の街、嘉義(ジャーイー)は、名の知られた台北や高雄などの都市に比べれば小ぶりで地味だけど、日本でいう富士山的な立ち位置にある阿里山の登山鉄道の玄関口だし、食のジャンルでは、香川県における讃岐うどんのような台湾軽食の定番・雞肉飯(ジーローファン)=鳥メシの発祥地でもある。後者は、なにせ街の横断歩道の信号機まで数カ所は雞肉飯仕様になっているくらいだ。
赤い七面鳥(嘉義の雞肉飯は火雞=七面鳥を用いる)がご飯マークになったら渡れる仕様。制限時間が迫ると緑の七面鳥に変わって追い立てられる(写真参照)。こういったローカル感あふれる街のしつらえ、そして何よりもコンパクトにまとまった駅周辺の市街地が、散歩好きにはたまらないのである。在来線の嘉義駅を筆頭に、昭和中期生まれの自分にはあの頃のテイストを感じさせる。そんな昔のままのたたずまいが、さして観光地化されないまま、方々に続いているのが台湾好事家には魅力のはず。
台湾の街は歩道の段差がきつい事が多く、歩き続けると疲れるけれど、嘉義の街は段差が少なくてストレスフリーなのも高ポイントだ。ここ数年、リノベ・カフェ、しゃれた深夜喫茶に飲み屋もさりげなく増えている。まだ知られざる穴場店も多く、訪れる度にちょっとした発見が待っている。
日よけに日本語で「アパート」ですと?
『内海(ネイハイ)』もそういった店の一軒だ。開店は2023年2月5日。
嘉義市内の観光スポットの中心地が中央噴水池。丸い噴水の上で郷土の誇り、吳明捷(ウーミンジェ)選手の投手像がゆっくり回っているこのあたりから、少し距離をおいた大通りの垂楊路(チュイヤンルー)沿いにある。観光客をあまり目にしないエリアながら、在来線嘉義駅前から徒歩10分ほどだし、近くの仁愛路(レンアイルー)周辺は飲食店も充実している。ローカル色漂うデパートも覗(のぞ)けるし、実はいたって好立地である。
店があるのは3階建ての共同住宅。日本屈指の名建築、在りし日の同潤会アパートの一角を切り取ってきたようなレトロな味わいだ。それだけでふらっと立ち寄りたくなる。『内海』はその2階の角に入っている。目立つ看板はないので、建物脇に突き出ている赤い日よけを目印にするといい。日よけになぜか「アパート」と日本語が入っているので、日本人にはよりわかりやすいかも。
建物1階の階段前に板が立てかけてあり、店名を小さく記した紙が貼ってある。これが表看板。2階に上がると店名を記した紙がダメ押しで壁に貼ってあって、その前の青緑色の扉が入り口。ところが閉まっていて、脇の赤いブザーを押さなけば入れてもらえない。初めてだと躊躇しまくる仕様である。しかも外国だし。「世界入りにくい喫茶店」なんて番組があったら登場間違いなし。
来店客が空間の妙を思い思いに楽しんでいる
実際のところブザー式なのは混雑を避ける工夫で、人数を確認され、席が空いていればさらっと開けてくれる。入店資格を問われるような敷居の高い店じゃございません。そして招き入れられれば、極上のゆるゆる空間が待っているのである。
窓に洗いざらしの白カーテンを垂らした室内は、ほんのり暗い。その中に、ひかえめに灯る電灯と使い込んだ木製家具が配されている。棚には本、客席ではないテーブルには雑貨小物が、絶妙のざっくり加減で並ぶ。いずれも売り物だ。アバウトな要素をまとめあげる大人びたセンスがすばらしい。
部屋は3室に分かれ、白と青に塗り分けた壁が空間にメリハリを生み出している。床は台湾の古建築でよく目にするテラゾー(人造大理石)製。その上を老犬がよたよた歩き回っている(おさわり不可)。ロードムービーの一場面のようだ。地元のお客さんも心得たもので、静かに飲み物をすすりつつ、空間の妙を思い思いに楽しんでいる。
入り口のすぐ先はカウンター席。席の向こうで力まず仕事に勤しんでいるメガネの女性が、店主の二哥(アーガ)さんである。現地語で「次男」の意味なんだけど、昔から気が強くてそう呼ばれているのだそうな。
二哥さんは、コピーライターや企画、広告代理店、不動産、制作会社などの仕事を経て、台南で「浮游(フーヨウ)」という、同じスタイルのカフェを15年間営んでいた。2025年、店の大家の建物売却にともない「浮游」は休止、今はこの嘉義にある『内海』一軒にしぼっている次第。しかし「浮游」も別の場所を探して再開するつもりだという。
嘉義に引っ越してきたのは、別の都市で生活したいと考えていたことがきっかけ。台南に隣接する嘉義は、在来線の特急で約40分。程よい距離感が決め手となった。
台湾茶からハンドドリップコーヒー、ケーキや軽食まで美味
飲み物は台湾茶、台湾紅茶、ハンドドリップコーヒーなどなど、ひと通りそろっている。壁に貼られた菜單(メニュー)がいまいち解読できないか、あるいは品選びに迷ったら台湾茶だ。阿里山はお茶の屈指の名産地であるからして、当たり前のようにうまい。台湾の片隅の秘密アジトみたいな店にこもり、2煎3煎と杯を重ねていると、ウィスキーでも飲んでいる気分になってくる。小腹がすいていればケーキや軽食も用意されている。
「私としては『内海』は、カフェでも茶店でもないのよね」と二哥さん。たまたま飲み物が揃っていて、スイーツもいくつか用意されているだけ、ともいえる。あちこちに本や雑貨も置かれていて、気に入れば買うこともできる。読書するにもいいし、ワークショップが開かれることもある。ここは店主ならではのこだわりの詰まった、くつろぎの空間なのだ。
看板が目立たないのも、“店として割り切れない”思案のように感じられる。そんな“攻めた曖昧さ”を心地よく思うなら、店の扉は歓迎を持って開かれるだろう。
二哥さんによると、嘉義はコンパクトで便利な小都市であることに加え、行政機関が積極的に嘉義暮らしを推進するさまざまなプロジェクトや活動を展開。外部の若者や関連団体の関心を引いているのだそうだ。そういった動きが、確実に形になってきているわけである。
ちなみに、日よけに記された日本語「アパート」の謎は、大家さんが付けた日よけなので理由不明だとか。解き明かしてみたいなあ。
嘉義は台南が好きならきっと性に合うはず。のんびり一泊してみる価値あると思うよ。
取材・文・撮影=奥谷道草







