チベット
ヒマラヤ山脈の北部やその周辺に広がる世界有数の高地。古代からチベット人による国が栄えたが、現在その大部分は中国の支配下にある。指導者ダライ・ラマ14世以下、中国の弾圧を逃れて国外に亡命したチベット人はおよそ17万人。うち日本には150人ほどが暮らす。
優秀な僧侶だったロサンさんの転機
「関東地方に多いかな。東京を中心に、埼玉や千葉など」
日本に住む亡命チベット人のルーツは1959年にさかのぼる。中国の武力侵攻によって併合されてしまったチベットで、大規模な独立運動が巻き起こった年だ。しかし、これもまた中国は弾圧。対してチベットの最高指導者であり精神的支柱でもあるダライ・ラマ14世はインドに亡命し、中国の支配を認めず「チベット亡命政府」の樹立を宣言。呼応するように10数万人のチベット人がヒマラヤ山脈を越え、インドやネパールなどに亡命。その中にロサンさんの両親もいた。たどり着いたのはネパール中部の街ポカラだ。
「私はポカラの難民キャンプで生まれたんです。食べるものも、お金もない。本当に貧しかった」
そんな幼少期を送っていたロサンさんは3歳のときに出家し、僧としての人生を歩み始める。8歳になると将来を見込まれ、南インドの亡命チベット人居留地にある寺院に送られた。以降はチベット仏教の最高学位である「ゲシェー」を送られるなど、優秀な僧侶として過ごした。
転機は32歳のときだ。ダライ・ラマの日本渡航をサポートする重責を担うことになったのだ。頻繁に来日してチベットの現状を伝え、仏教関係者などと会談しているダライ・ラマだが、このときの目的地のひとつは広島の大聖院。ロサンさんも初めて日本の地を踏み、広島での活動に勤しんだ。
そんなとき、仏教美術関係の仕事をしていた黒木奈津子さんと出会うものの、日本とチベットの仏教の在り方の違いに悩み、インドへと帰ることになる。その葛藤を抱えたままだったのか、ロサンさんは戒律を破ってしまう。酒を飲んでしまったのだ。日本の僧侶は飲酒も妻帯もするが、チベット僧にとってはタブーだ。ロサンさんは自責の念にかられ「寺には帰れない」と還俗(げんぞく)。そして再び日本に戻り、チベット仏教とつながりのある神奈川県の観音寺に身を寄せた。
このときに奈津子さんと再会。やがてふたりは結婚し、苦労しながらもレストランを開いた。2015年のことだ。気になるのはその場所。なぜ市ケ谷なんだろうか。
「たまたまなんですよ。亡命チベット人が集まりやすい場所で、日本人にチベットを知ってもらうためのイベントが開けるくらいの広さで……と考えていたら、条件に合うのがここでした」
その目標通りに、店ではよくチベット音楽のライブ、チベット語やチベット仏教の講座なども行う。わずかな亡命チベット人だけでなく、チベットに興味を持つ日本人のコミュニティーにもなっている。
過酷な高地を生き抜くための料理
「チベット料理は塩がベース。シンプルなものが多いんです」
たとえばモモだ。これ「ネパールの蒸し餃子」と思っている人が多いが、ルーツはチベット。ネパールのモモはスパイスをたっぷり使ってチリソースをかけたりもするが、元祖チベットのほうはあくまで塩のみ。素朴かつ、肉の風味をしっかり楽しめるのだ。
子羊の肉と野菜を炒めたラム・シャプタは、酒のつまみにもいいし、チベット風の蒸しパン、ティンモと一緒に食べるのもおすすめだとか。
また寒冷なチベットでは体を温めるスープ料理も多い。ラブシャという鶏肉とダイコンのスープ、それに「チベットのすいとん」テントゥクはその代表で、染み入るようなホッと落ち着く味。やはり塩のほか、トマトやニンニク、生姜を使っているのだが「トマトを使って旨味を出すのはインドの調理法なんですよ」と奈津子さんは言う。過酷な環境のチベットでは野菜の多くが育たない。だから伝統的なチベット料理にトマトや野菜は少ない。
しかし亡命チベット人たちは、それぞれが根づいた地域の食文化の影響も強く受けながら世代をつなげてきた。ニンニクの多用もインドやネパールから持ち込まれた要素だ。料理もまた人と同じように、歴史に翻弄され、別の土地へと伝わる中で姿を変えていく。だからこの店は「亡命チベット人の味」と言えるのかもしれない。
純粋なるチベット料理かつソウルフードといえはツァンパだろう。裸麦を炒って粉末にしたものだ。チベット伝統のバター茶と合わせ、乾燥チーズとバターを混ぜ、手でよく練って団子のようにして食べる。きわめて自然そのまま、ほのかな滋味と、なんというか大地の香りがある。
「日本でいえば塩にぎりとお茶ですかね」と奈津子さんが言えば、ロサンさんは「法王さま(ダライ・ラマ)は1日3食ツァンパでいいって仰られてますよ」と教えてくれる。
ここはチベット文化の「保管庫」でもある
チベットの状況はなかなかに厳しい。急速に「漢化」が進み、言葉も伝統も失われつつある。だからむしろ、チベット文化が保存され受け継がれているのは、インドやネパールなど世界に散らばった亡命チベット人コミュニティーのほうだといわれる。この店も、そのひとつなのだ。
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年2月号より









