“そば初心者”も入りやすい老舗
今回訪ねたのは、天保年間(1830〜1844)にルーツを持つ『薮伊豆総本店』。店頭には石臼の粉挽小屋があり、毎日朝夕2回挽いた粉で打った二八そばを提供しています。
この店の歴史を受け継ぐのは、人情味の中に知性あふれる六代目店主の野川喜央(よしひろ)さん(左)と、穏やかでチャーミングな女将の野川雅江さん(右)。
お店のモットーは「気さくだけど丁寧」。その言葉通り、初めて&一人で訪れる人も過ごしやすい雰囲気です。老舗の風格ある店舗ですが、女将さんやスタッフの方々が丁寧かつ親しみやすい接客で温かく迎えてくれます。
先代の頃には、人間国宝である五代目柳家小さん(やなぎやこさん)や十代目柳家小三治(やなぎやこさんじ)を招き、店内で身内の落語会を開いていたとか。その縁から、現在は定期的に柳家小さんの孫、柳家花緑(やなぎやかろく)さんを招いての落語会「落語とそばの会」を開催。そば×落語と二つの江戸文化を楽しめるところも魅力です。
江戸の町でそばが流行ったワケ
今回、『薮伊豆総本店』を訪ねた理由は、その歴史の深さにあります。『薮伊豆総本店』の前身は、天保年間創業の、京橋にあった「伊豆本(いずもと)」というそば屋でした。明治15年(1882)には神田やぶそばの暖簾(のれん)に包含されることとなり、藪のれん直系の分店「藪伊豆」として新たなスタートを切ります。
喜央さんいわく、伊豆本が創業する少し前の文化文政時代(1804〜1830年)は、江戸に食文化が花開いた頃だったのだそうです。
喜央さん : 19世紀に入ってすぐの30年間は、江戸町人文化が花開く頃でね。今までお殿様たちが食の文化をリードしていたんだけど、今度は商人や町人が食の文化を担っていく時代になったんです。江戸の町の中に、天ぷら屋さんとか寿司屋さんとかそば屋さんなんかがわーっと出来上がってくるのがこの頃なんですよ。6000軒ぐらいの飲食店のうち、3000軒がそば屋だったんです。
喜央さん : 新しく江戸の町を作るために、男の人がたくさん江戸に入ってきたんですよ。肉体労働をする人が多かったから、江戸の味って基本的に辛いんです。醤油、みりん、砂糖、鰹節を組み合わせたおそばの濃い味が、江戸っ子の口に合ったということが、そば屋が増えた理由の一つなんですね。
あと、江戸っ子は初物をすごく好んだ。「初なすを食ったか」とか、「初鰹は食ったか」とか、そういうことを普通の人たちが言っていたんですよ。そばには新そばがあるけれど、うどんには「新うどん」ってないんですね。うどんはそばよりも歴史があるけれど、そばには季節感があるっていうんで、江戸っ子が飛びついた。
江戸っ子には、武士や上方に対する反骨精神みたいなものがあって、自分たちのものを作り上げていこうという意識があったんですね。例えば、縦の線の模様だとか、色なら紺だとかグレーとか、シンプルで粋なもの。
江戸時代のそば屋のメニュー資料も見せていただきました。そこには「天ぷら」「花まき」「玉子とじ」などの文字が。
喜央さん : 海苔は、江戸っ子にとって大切なものだったんですよ。当時は海苔のことを“磯の花”と言ったんです。「花巻そば」っていうものがあるんだけど、蓋を開けると海の香りがぷーんとして、薬味はわさびだけ。きれいでしょ。
——江戸の海が今よりも内陸にあった頃を思わせて、素敵です。
喜央さん : それを美しいと思えば、江戸っ子なんです。ゴテゴテさせたり、きらびやかにしたりとか、そういうことがない。
江戸っ子スタイルの「蕎麦前」にチャレンジ
今回は、つまみと酒で一杯やりながらそばを待つ「蕎麦前(そばまえ)」についても教わりました。日本橋というビジネスパーソンの多い土地柄、一般的な居酒屋で人気のメニューもありますが、今回はそば前も江戸っ子スタイルで、とリクエスト。
決まったのがこちら。焼きのり450円、板わさ650円、玉子焼850円の3品という、シンプルなラインアップです。
お酒はやはり日本酒で。「厳しいおそば屋さんになると、ビールを置かないところもあります」と喜央さん。
中でも「これは……!」と思わされたのが、焼き海苔でした。老舗のおそば屋さんでは、専用の箱に入れてあぶり香りを立たせていただくそうで、こんな立派な箱で提供されました。これは気分が上がります!
注文したときはあまりピンときていなかったのですが、食べ進むほどによさが染みてくる一品でした。黒々とした海苔に、わさびと醤油をチョンとつけて、軽く手でスナップを利かせてパリッといきます。手でつまんでチョンチョンやっているうちに、自分が時代劇で見た江戸時代の男性のような仕草になっていることに気づきました。徐々に江戸っ子の体に切り替わっていくのを感じながら、おそばを待ちます。
おそば屋さんに聞いた、そばのうまい食べ方
頼んだのは、海老天1本に野菜の天ぷら、そしてせいろが2枚つく天せいろ1450円です。海老天2本に野菜の天ぷら、せいろ2枚がつく豪華な上天せいろも人気だそう。天ぷらも江戸時代にすでにあったメニューだそうですが、現代のような大きな海老ではなく、芝海老を揚げたものだったといいます。
まず教えていただいたのは、そば屋において徳利(とっくり)は必須だということ。
喜央さん : こういう風に出てくるおそば屋さんは、ちゃんと考えているおそば屋さん。
——徳利がなく、そば猪口に直接つゆが入っているお店もありますね。つゆはどのくらいの量で注ぐのがいいのでしょうか?
喜央さん : 例えばこのくらい。
- 喜央さん
-
つゆは多めに入ってるんです。お刺し身なんかでも、お醤油をたくさん入れちゃえば辛くなるよね。だから、辛いおつゆをたくさん入れれば辛くなるんです。上手な方は、少ないおつゆで足りちゃう。
- 喜央さん
-
もう亡くなってしまったけど、そばが好きな漫画家・江戸風俗研究家の杉浦日向子さんは、箸で7、8本取るって言っていたね。一口食べたあと、おつゆがなくなっちゃうぐらいのつゆの量で食べればいいんですよ。で、次の時にわさびを入れてみたり、薬味を入れてみたり。
——今まで、最初にわさびを入れたら最後までずっとわさび味のつゆになってしまうのが悩みでした……。そばもつゆも少なめにすれば、一口ごとに違った味が楽しめますね。
7本だと量はこのくらい。そばがほどよくつゆに浸り、口の中でそばがいっぱいになりすぎず、ゆったりほぐれる余裕がありました。そばを十分に味わうには、空気を含む空間も必要なのだと実感。かつ、この本数だと「ズッ!」と気持ちよく一口ですすれます。
そば3本だとこのくらい。さすがに物足りません。
10本だとちょっと多くて、全体をつゆに浸そうとしてこねくり回す感じになってしまいます。1回ですすりきれないのも難点でした。「7、8本」をヒントに調整すれば、誰でもどこでもおいしくいただけそうです。
今まではつゆたっぷりのそば湯を「しょっぱいな〜」と思いながら飲んでいましたが、喜央さんの教えにより、最後のそば湯も自分好みの味で楽しむことができました。
そばの上手な食べ方をお聞きすると「自由ですよ。おいしく、気楽に!」と答えてくださった喜央さん。恥をかかないようにと縮こまっていてはおいしさも半減してしまうし、かといっておいしく食べるやり方を知らないのももったいない。おいしさを楽しむ気持ちがあれば、自然と自分なりのいい食べ方にたどり着くように思いました。
さきほど、焼き海苔を手にすると江戸の男の仕草になっていくと書きましたが、そばをたぐり、すする仕草も、食べる人を自然に江戸っ子に導くように感じます。そんな仕掛けも含めて伝わってきたのが、江戸のそば文化なのかもしれません。
取材・文・撮影・イラスト=増山かおり








