【茗荷谷・小石川・春日の切絵図】
東都小石川絵図
切絵図の中央部を横断するのが現在の春日通り。通りを挟んで氏名の向きが異なるのは、玄関に向かって氏名を記載しているから。ここから少し入ったところに縛られ地蔵で知られる「林泉寺」があり、近くに滝沢馬琴の墓がある深光寺(切絵図では良念寺)がある。
切絵図で目を引くのが木々に囲まれた「傳通院」。門前に修行僧が学び、寝泊まりする学寮が並んでいる。左に目をやれば播磨坂の名の由来となった「松平播磨守」の屋敷がある。徳川5代将軍綱吉が屋敷を構え、後に「小石川御薬園」となった地は、現在は小石川植物園に。広重の錦絵に描かれる「にしとみ坂」は、現在の文京区役所から大塚方面に春日通りを上がっていく富坂のこと。
※掲載の古地図は、江戸の町を32区画に分割して作った切絵図を使用。すべて、麹町にあった金鱗堂が出版したもので、屋号である尾張屋清七から「尾張屋板(版)」と呼ばれる。鮮やかな多色刷りが特徴。
※切絵図内の白色の部分は【大名屋敷などの武家地・御用地】、赤色は【神社仏閣】、灰色は【町屋】、黄色は【道】、青色は【海・川・池】、緑色は【山林・土手・馬場・田畑など】を示している。
【散歩コース】
スタート:茗荷谷駅は地下鉄丸ノ内線で池袋駅から5分・180円、東京駅から12分・180円。
地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅→(3分/0.2㎞)→林泉寺→(1分/0.1㎞)→深光寺→(5分/0.4㎞)→切支丹屋敷跡→(10分/0.7㎞)→徳川慶喜終焉の地→(11分/0.7㎞)→とうがらし地蔵→(すぐ)→傳通院→(11分/0.7㎞)→播磨坂→(4分/0.3㎞)→宗慶寺→(5分/0.4㎞)→小石川植物園→(14分/0.9㎞)→慈眼院 澤蔵司稲荷→(5分/0.4㎞)→源覚寺→(2分/0.2㎞)→地下鉄大江戸線・三田線春日駅
ゴール:春日駅から地下鉄大江戸線で飯田橋駅まで1分・180円、地下鉄三田線で巣鴨駅まで6分・180円。
今回のコース◆約5.0km/約1時間15分/約6700歩
荒縄で縛って厄除け祈願「林泉寺」
江戸中期に著された地誌『江戸砂子』にも紹介されている縛られ地蔵は、高さ約1mの地蔵。荒縄で縛ると厄除けに御利益があるといわれ、年末に縄がほどかれて供養する。
「林泉寺」詳細
滝沢馬琴の墓がある「深光寺」
寛永16年(1639)開山。『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴が眠る。馬琴は晩年に失明したが、長男の妻・路女(みちじょ)が口述筆記によって完成させた。馬琴の墓の左斜め後ろの墓に路女も眠る。
「深光寺」詳細
キリスト教弾圧の歴史を伝える「切支丹屋敷跡」
江戸幕府はキリスト教を禁止し、多くの教徒を処刑したが、弾圧によりキリスト教を捨てた教徒(転びバテレン)は、この地に建設された切支丹屋敷(牢屋)に収容された。屋敷は寛政4年(1792)まで続いたという。
「切支丹屋敷跡」詳細
慶喜邸にあった大銀杏も残る「徳川慶喜終焉の地」
徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜が、明治34年(1901)に移り住み、大正2年(1913)に没するまで暮らしたところ。現在は国際仏教学大学院大学になっており、大学構内に屋敷跡の碑が立ち、大学北側の道に説明板が立つ。
「徳川慶喜終焉の地」詳細
唐辛子は咳止めに効果あり!? 「とうがらし地蔵」
喘息を患ったお婆さんは、医者から好きな唐辛子を控えるよういわれたが、やめられず食べて亡くなってしまった。それを知った人たちがかわいそうに思い唐辛子をお供えしたという。
「とうがらし地蔵」詳細
徳川家康の生母と孫が眠る「傳通院」
慶長7年(1602)に徳川家康の生母・於大(おだい)の方の菩提寺となり、法名「傳通院殿」から傳通院と呼ばれるようになる。家康の孫・千姫の墓もある。
「傳通院」詳細
武家屋敷跡は桜の名所「播磨坂」
坂の名は、この地にあった松平播磨守上屋敷にちなむ。当時、坂はなく、上屋敷は現在の小石川植物園の半分ほどの広い敷地があった。坂は戦後に整備されたもので、1960年代に坂の舗装と約120本の桜が植えられた。
「播磨坂」詳細
家康の側室の墓碑が立つ「宗慶寺」
徳川家康の側室であった阿茶局は、家康の六男・松平忠輝の生母となる。家康の没後は仏門に入り、朝覚院と名乗った。本堂前の宝篋印塔は朝覚院の墓碑で、寺名は法名に由来する。
「宗慶寺」詳細
大学の研究機関の植物園は国の史跡・名勝「小石川植物園」
正式名は東京大学大学院理学系研究科附属植物園。約340年前に徳川幕府が設置した小石川御薬園が前身。養生所の医師・小川笙船は、山本周五郎著『赤ひげ診療譚』の赤ひげ先生のモデルになった。
「小石川植物園」詳細
僧・澤蔵司は稲荷大明神の化身「慈眼院 澤蔵司稲荷」
傳通院の学寮にいた澤蔵司(たくぞうす)という僧は、3年で浄土宗の奥義を修得した後、住職の夢枕に立った。お告げにしたがい、慈眼院を別当寺として開創し、澤蔵司稲荷を建立したという。
「慈眼院 澤蔵司稲荷」詳細
こんにゃく閻魔と塩地蔵「源覚寺」
目を患った老婆の信心深さに、閻魔大王は自らの右目を与えて治した。老婆は感謝して好物の「こんにゃく」を断ち、供え続けたという。歯痛を鎮める塩地蔵も安置されている。
「源覚寺」詳細
取材・⽂・撮影=アド・グリーン
『古地図であるく 大江戸散歩地図』より









