各メディアの個性とクリエイティビティが発展していった時代

1980年代始め~半ばに、背伸びしたいキッズが求めていたのはパソコンであり、その中心であった、NECの“PC-8801”シリーズ、シャープの“X-1”シリーズといった、8bitのホビーパソコンだった。だが時代が進み、進化するホビーを8bit機では表現しきれなくなる。そこで時代は“PC-9801”シリーズ(以下、98)を始めとする16bit機に移っていった。「8bit」と比べ「16bit」は、性能が「2倍」なのではない。

CPUの性能は、2にビット数を乗算することで計算される。つまり2の16乗で、65536の処理ができ、単純計算で8bitの256倍の能力を持っている高性能機ということになるのだ。

パンフレットはPCを買えないキッズの拠り所。16bit機は安くて30万はした、でもパンフレットは無料だった。それを眺めるだけでも夢をみられたのである。
パンフレットはPCを買えないキッズの拠り所。16bit機は安くて30万はした、でもパンフレットは無料だった。それを眺めるだけでも夢をみられたのである。

80年代半ばをすぎると、ファミリーコンピュータの人気爆発により、ゲームのメジャーシーンは家庭用機となっていったが、98を始めとしたパソコンでは、家庭用ゲーム機ではできない、独創性と厚みを持ったゲームが多数発売された。『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』『闘神都市』『同級生シリーズ』『ようこそシネマハウスへ』など、この時代でしか表現できなかったであろうオリジナリティを持ったゲームが多数発売された。また性能の向上から、グラフィックが美麗になった美少女ゲームは、フリークたちを熱狂させた。

98の傑作ゲームは今も語られ続ける。写真は「日本ファルコム」社の名作2本。身近なアラフィフ勢がタイトルを見ると、一瞬目の色を変えるかも?
98の傑作ゲームは今も語られ続ける。写真は「日本ファルコム」社の名作2本。身近なアラフィフ勢がタイトルを見ると、一瞬目の色を変えるかも?

さらに98はビジネスユースとしても多数が導入され、ゲームはやらなくても、当時の職場に98が置いてあったり、「一太郎」「花子」「Lotus 1-2-3」などを使って仕事をした記憶のある人もいるのでは?

「フロッピーディスク」は、80~90年代のメインメディアだった。この「5インチ版」の箱を覚えていますか?
「フロッピーディスク」は、80~90年代のメインメディアだった。この「5インチ版」の箱を覚えていますか?

しかしそんな良き時代にも終わりは訪れる。90年代になると、アメリカはマイクロソフト社の“Windows”の時代がやってくるのだ。1995年のWindows95フィーバーを記憶している方は多いのでは。98シリーズは上位機のPC-9821シリーズを送り出すわけだが、時代の流れには抗えずメイドインジャパンのPCは市場を失っていった。

機能も大きさもさまざま、98シリーズはとにかく数が多い。中でもこの「98US」はお手頃価格で小さく、取り回しの軽さが人気だった。
機能も大きさもさまざま、98シリーズはとにかく数が多い。中でもこの「98US」はお手頃価格で小さく、取り回しの軽さが人気だった。

98の時代は各メディアの個性とクリエイティビティが発展していった時代と重なる。98との再会は、もしかしてあの頃の夢と熱さを忘れてしまった人に何かを思い出させてくれるかもしれない。

7機種に跨(またが)る壮大なゲームが見せた夢

『DAIVA(ディーヴァ)』はT&Eソフトが開発したゲームだ。

この作品のすごいところが、NECの「PC-9801VM/UV」「PC-8801mkⅡSR」、シャープの「X1」、任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」、マイクロソフトとアスキーが提唱した共通企画の「MSX1」「MSX2」、富士通の「FM-77AV」と、同一の世界観における7つの物語が、各機種をまたいで展開され、全部プレイすることで物語の全貌がわかる、という壮大なものだった。

当時は1機種所持するのも大変で、マニアでも「ファミコン版とあとなにかひとつ」をプレイするくらいが精一杯だったのでは。ましてキッズにとっては、絶対に手が届かないけれど見上げてやまない星なのであった。近年、シリーズをまとめたパッケージが発売され、全タイトルをプレイすることが可能になっているが、現在でもそのプロジェクトの壮大さは、ファンの間で語り継がれている。

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レトロパソコンに出合える場所はここ!『BEEP秋葉原』

取材・文=来栖美憂 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2025年6月号より