お話を聞いたのは……東京フィルハーモニー交響楽団 専務理事・楽団長 石丸恭一さん

武蔵野音楽大学在学中にABC交響楽団に入団し、ティンパニ奏者として演奏活動を始める。1971年、ベルリン国立音楽大学留学を経て、73年に東京フィルハーモニー交響楽団に入団。奏者として活動を続けた後、長年同楽団の運営に携わる。

東京フィルハーモニー交響楽団

(C)上野隆文。
(C)上野隆文。

1911年創立の現存する日本最古のオーケストラ。約160名のメンバーを有し、シンフォニーオーケストラと、オペラ・バレエ公演等での劇場オーケストラの両機能を併せもつ。名誉音楽監督チョン・ミョンフン、首席指揮者アンドレア・バッティストーニ、特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフを中心に構成される定期演奏会をはじめ、各種メディアなどでも演奏や教育的活動を展開している。

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時代を見据えた「午後のコンサート」の革新

1999年に始まった東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)の「午後のコンサート」。つつましげなタイトルとはうらはらに、移り変わる社会情勢を見据えた革新的な催しだった。
「90年代初頭にバブルがはじけたことで経済が変わり、世の中の働き方が変化していたわけです」と、話すのは東京フィル専務理事の石丸恭一さんだ。

革新その一は公演時間。高度経済成長を支えた仕事漬けのライフスタイルが改められ、高齢化社会も加速。余暇重視の若年層と、定年で昼の時間が空いた年配層が増えてくる。
「それなら、昼間のコンサートも成立するんじゃないか、と思ったのです」。

通常、コンサートは夜に開かれるものだったが、これを14時開演の16時終演とした。これなら主婦層も聴きに来て、帰宅後に家族と夕食をとれるし、そうでなくても何かと都合がいい。

革新その二はプログラム構成。「午後のコンサート」は、夜の定期演奏会に比べ、チケット代を手軽にし、一曲の演奏時間を短くした。例えば、30分かそれ以上あるような交響曲やピアノ協奏曲は、単一楽章だけを取りあげることも始めた。

しかし、そこは伝統あるオーケストラ・東京フィル。手軽とはいえ、奏者も指揮者も定期演奏会と同じメンバーを起用し、演奏会としてのクオリティーは保った。これは三ツ星レストランのスターシェフが、ディナー同様に手間を掛けたランチを破格の内容で提供しているようなもので、結果的に満足した客は夜も通いたいと思うようになるわけだ。

そして、革新その三として、コンサートの中に「お話」のコーナーを組み込んで、曲の合間などに指揮者が聴衆に向けて話をするようにした。

「お話」コーナーでの指揮者の尾高忠明。第1回「平日の午後のコンサート」(2016年7月)より。 (C)上野隆文。
「お話」コーナーでの指揮者の尾高忠明。第1回「平日の午後のコンサート」(2016年7月)より。 (C)上野隆文。

これまでも、ファミリーコンサートなどのイベントで解説者が話すことはあったが、当時は世界的な指揮者でも経験のないことだった。しかも、作品解説ではなく、「何でもいいので個人的な経験談などを」してもらうよう依頼したのだ。
「解説をし始めると、クラシックはどうしても難しくなってしまうんですよ」。

そもそも指揮者は、楽器ごとに異なる楽譜を全て頭に入れ、音楽をまとめあげる難役。その経験がトークにも活きるのか、始めてみると指揮者の人間性が垣間見えて、聴衆も自然とコンサートに引き込まれるようになった。最初は難色を示した指揮者も、「やってみたら面白かった」と、コンサートの目玉になっていった。

時代を先取る試行錯誤は続く

コンサートの外でも、東京フィルが業界を変えたものがある。それは公演ポスターやチラシ類。
それまで、暗黙のうちに「白い背景に演奏者のキメ顔」といった構図が定番だったところを「午後のコンサート」では淡いブルー背景でポップにした。すると、宣伝効果が上がった。パンフレットも優雅な午後の演奏会というイメージとマッチするイラストに変更し、幅広い年代にも注目されるようになった。

初回(左)から現在までのパンフレットの変遷。現在もハラダチエ氏のイラストが主体だ。
初回(左)から現在までのパンフレットの変遷。現在もハラダチエ氏のイラストが主体だ。

このような多岐にわたる見直しで、コンサートは開始3年後には毎回満席となるまでに成長。2016年からは「平日の午後のコンサート」、2019年からは「渋谷の午後のコンサート」も始まった。今では、他の楽団やホールも同様の昼の時間帯のコンサートを開くことも珍しくはなくなったが、東京フィルはその先駆けとなったのだ。

第1回「平日の午後のコンサート」のロビーの様子。いきなりシリーズ完売の売れ行き。 (C)上野隆文。
第1回「平日の午後のコンサート」のロビーの様子。いきなりシリーズ完売の売れ行き。 (C)上野隆文。

だが、広い視野で先を見据える石丸さんは現状に留まらない。
「コロナ禍を経験した現代の状況は、終戦、高度成長期、バブル崩壊と同じぐらいの転換期を迎えています。ここで大きくまた次の時代に対して変化しないと、社会についていけないだろうと。我々も検討、試行錯誤しているところです」。

次なる手のコンサートとは一体? すでに思案があるご様子。興味津々である。

【解説】東京フィルの「午後のコンサート」とは

第1回「平日の午後のコンサート」は、「東京オペラシティコンサートホール」にて、ブラームスとドヴォルザークのプログラムで幕を開けた。 (C)上野隆文。
第1回「平日の午後のコンサート」は、「東京オペラシティコンサートホール」にて、ブラームスとドヴォルザークのプログラムで幕を開けた。 (C)上野隆文。

1999年から始まる、指揮者のトークを交えながらクラシックの名曲を一流の演奏家陣で楽しめるコンサートシリーズ。現在は「Bunkamura オーチャードホール」が会場の「渋谷の午後のコンサート」と、「東京オペラシティ コンサートホール」での「平日の午後のコンサート」、「休日の午後のコンサート」の3つのシリーズを、年間各4回ずつ計12回展開する。14時開演という時間設定ながら、シリーズごとの4回セット券で約9割の座席が埋まるほど好評を博している(随時、1回券の販売もあり)。

指揮・小林研一郎のもと、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏する服部百音。第18回「渋谷の午後のコンサート」(2023年7月)より。
指揮・小林研一郎のもと、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏する服部百音。第18回「渋谷の午後のコンサート」(2023年7月)より。

取材・文=奥谷道草 撮影=鈴木愛子 写真提供=東京フィルハーモニー交響楽団
『散歩の達人』2023年10月号より