いきなり人気店に
『盛盛』は西武池袋線富士見台駅の近くにある。駅南側の人通りが多い商店街を歩いて1分足らず、カド地という好立地だ。
テントに大きく「肉」と書いてあるとおり、ここは肉そばが売り。ダシ汁で煮た豚肉がドン、と乗った肉そばはボリューム満点。太めのそばと肉を箸でガッとつかんでワシワシ食べれば、とてつもない幸福感が得られる。
そばも肉もうまいのだが、ツユもまたいい。こちらではしょうゆに火を入れない「生返し」を使用。ダシの持つ深いコクがありながら、生返しならではキリッとしたキレのよさがあり、つい飲み干してしまううまさがあるのだ。ボリュームたっぷりの肉そばをスルスル食べられてしまうのも、このツユがあってこそだろう。
実はここ富士見台は、私の自宅の近所。それもあって『盛盛』ができると聞いてうれしく感じたと同時に、「はたしてうまくいくのか?」と心配でもあった。
富士見台は典型的な郊外で、働く人たちよりも住んでいる人が多いところだ。商店街にも町そばや町中華はあれど、さっと手軽に食べられる立ち食いそばは、かつて存在しなかった。そういうスタイルの飲食店はそぐわない街なのである。
それがふたを開けてみたら、いきなりの盛況。開店1ケ月にして、早くも人気店となっている。なにがよかったのか? 店主の島田さんにあれこれ聞いていくうち、見えてきたものがあった。
考えたすえの立ち食いそば
島田さんはもともと、プロのスノーボーダーだった。プロ当時にアパレルブランドを友人と起ち上げたのだが、その友人が飲食の仕事をしていた。その友人に誘われる形で、一緒に居酒屋を始め、しばらくはアパレルと飲食を同時にやっていたという。
しかし、東日本大震災の影響もあり、アパレルブランドをたたむことに。居酒屋も小岩にあった一軒を残してほかは撤退。しばらくしてから飲食業を拡大することになり、そのうちのひとつとして、島田さんが富士見台の『盛盛』を始めたのだ。
なぜ立ち食いそばだったのか? もともと島田さんがそば好きというのもあったが、それ以上にワンオペでできて、回転率が高い業態を考えて、立ち食いそばに行き着いたという。
また、富士見台は島田さんの地元。郊外狙いだったわけではなく、土地勘もあり、駅近でカド地という好立地の物件を見つけられたということが大きいという。
そして始めてみたら大盛況。厨房内でのワンオペ作業に慣れる前に、いきなり大勢の人が来たため、開店当初はかなりバタバタの状態が続いたという。
意外だったのが、思った以上に地元の人たちが食べに来てくれたこと。スーツを着た働く人たちではなく、地元に住んでいる人たちから支持されたのだ。また、テイクアウトの注文が多いのも意外だった。『盛盛』は都心にある立ち食いそば店とは違う形で、受け入れられているのだ。
時代にうまくハマッた
富士見台の商店街は、駅前こそにぎわっているが、少し離れるとシャッターをおろしたままの店が多い。60年代に始めた店が、高齢化などで次々と閉めているのだ。その空いたところに若い人たちが始めた新しい店が、ポツポツと入ってきている。いわゆる入れ替わりの時期。そこにうまく『盛盛』はハマッたのだろう。
個人的な見解だが、コロナ禍を経ての食の行動の変化も大きいと思う。テレワークが増え、自宅、もしくは自宅周辺で外食する人が増えた。都心よりも、郊外での食の需要が高まっているのだ。また、物価高の続く現状では、都心よりテナント料が安くすむ郊外のほうが、手頃な値段で食を提供できる。コスト面でも強い。
富士見台の台所に
『盛盛』のもうひとつの売りは、ねこそばだ。
きつねとたぬきが入った、いわゆるむじなそばなのだが、むじなそばはもともとなじみがないだろうと、しりとり歌の「こぶた、たぬき、きつね、ね~こ」からとって、ねこそばにしたという。伝わりにくいとは思うし、「ねこそばってなに?」と聞かれることも多いのだが、それも会話の糸口になっていいのだろう。
ねこそばはふんわりした揚げと、丁寧に作られたたぬきが印象的。肉そばのようなパンチはないが、ツユのうまみもしっかり味わえ、クセになるうまさがある。暑い時期になったら肉そばはいったん休止し、このねこそばの冷やしバージョンを始める、という計画もあるそうだ。
メニューは肉そばとねこそばが二本柱なのだが、それ以外にもカレーライスにカレーそば、モツ煮込み定食に煮込みそばもあり、かなり幅広い。1100円で提供している「ぽんぽこりん」セットは、肉、ねこ、わかめ、玉子の全部のせそばに、カレーライス、ごはんが食べ放題という、えらく太っ腹なセットだ。1日に5、6食は出て、食べ終わった客は満たされた腹を抱えて出ていくという。
立ち食いそばっぽくないメニュー群だが、それでいいのだ。また、だからこそ、富士見台という地で受け入れられたのだろう。島田さんは「富士見台の台所」になりたいという。
新しい時代に、富士見台という土地にうまくハマッた『盛盛』ならば、その目標はかなえられるに違いない。
取材・撮影・文=本橋隆司