豚肉のカレーは辛さレベル4。辛くて、どこか酸っぱく甘い、スプーンの進む味
『Cafe REDBOOK』は本格的なインドカリーを謳(うた)う店だ。カリーのラインアップは定番が5種類、季節のメニューが2〜3種類ほど。
8キロから10キロの玉ねぎを3時間ほどかけて炒めるのは、どのカリーにも共通しているが、そのあとはホールとパウダー合わせて20種類ほどのスパイスを使い分けている。なおスパイスの仕入れ先は、種類によって異なるというから、そのこだわりは並ではない。
オーナーの井上 愛(いのうえあい)さんが、「もちろんどれもおいしいですが、私が頻繁に食べるメニューはコレ」と教えてくれたのは、豚肉のカリー。メニューには「甘酸っぱいカリー」とコメントされているが、辛さレベルは5段階中の4。チャレンジ精神をくすぐるカレーだ。なお、いちばん人気の古白(コハク)鶏のチキンカリーの辛さレベルは2。
豚肉のカリーとは、近年その名をよく聞くようになったポークビンダルーのこと。角切りにした豚肉を、ビネガーとマスタードシードで作ったマリネ液にひと晩漬け込んでから、スパイスと一緒に煮ている。
「インドカリーは長時間煮込んで柔らかくするのではなく、下処理でお肉を柔らかくします。煮込みすぎるとスパイスの香りが飛んでしまいますから」
程よくとろみのあるルーは辛さが前面に出ているものの、ワインビネガーからくる酸味と甘みがふとした瞬間に感じられる。辛いのに、どこか甘いという不思議さにスプーンが進むカリーだ。食べ応えのある大きさの豚肉が、とろっと柔らかくて食べやすいのも大きな魅力だ。
ランチはライスとサラダがセット。サラダのおろし玉ねぎドレッシングも名物
ランチではスパイスを入れて炊き込んだパスマティライスに、インド風の漬物といわれるキャベツを使ったアチャール、薄くパリパリしたパパドが添えられている。インド料理らしい組み合わせも気分を盛り上げてくれる。
別の皿に盛られて提供されるサラダは、自家製のおろし玉ねぎのドレッシングが味の決め手。酢を張ったボールの上ですりおろして、空気に触れる時間を最短にすることで玉ねぎの辛味が出るのを防いでいる。確かに玉ねぎの辛さが口に残る感じがない。玉ねぎと酢以外は、塩とオイルのみだという。自宅で試したくなる。
なおディナータイムでは、サラダはミニサラダとして別料金で提供されていて、ライスも複数の種類があって別料金だ。
イタリアン中心のカフェだった店が、カレー店になったのは?
「私自身はカレーが好きだったわけでも、カレー屋をやろうと思っていたわけでもなかったんですよ」と井上さんは話す。
1999年、『Cafe REDBOOK』はオーナーの井上さんによって、パスタや煮込み料理が中心のカフェとしてオープンした。映画好きの井上さんは学生時代からマスコミや映画にまつわる企業に所属した経験を持つが、縁あって小さなイタリア料理店で働いたことが、キャリア転向のきっかけとなった。
「目の前でお客さんがおいしかったとお金を払ってくれて、それが自分の給料になるということに、飲食業というのはとても気持ちのいい仕事だと感じました」。現在は21時閉店だが、長い間、閉店時間は午前2時だった。夜遅くまで働く中目黒在勤、在住者で、閉店間際こそにぎわう店だった。
いつからカリーが登場したのかというと、オープンから2年以上経ったあとだ。その背景には、少し複雑な経緯がある。
オープンから1年ほどしてアルバイトを募集したときのこと。求めていたのは経験者だったが、とある未経験の応募者がとても興味深い人物だった。いろいろと話す時間を作ったものの、そのときは縁がなく、しばらくそれきりだった。それから2年近く経って、その男性がひょっこり現れたときのこと。
「中目黒の人気カリー店『オレンジツリー』で働いていたが、店主が店を閉めることになって、自分がレシピや道具を譲り受けた。一度食べてみてもらえませんか?」
そのカリーをとてもおいしいと感じた井上さんは男性をスタッフとしてお店に招き入れることにし、「オレンジツリー」のレシピをベースとしたカリーが『Cafe REDBOOK』のメニューとなったのだ。2015年にはお店のスタイルをカリー専門に変えて現在に至る。
最初にカリーのレシピを持ち込んだ男性は、カリー好きな後継者に作り方を引き継いだのちに独立。現在カリーの作り手は3代目で、『Cafe REDBOOK』のカリーは代が変わるたびに進化して現在の形になっていて、新しいカリーも季節メニューとして誕生するなど、バリエーションも増えている。
出会いに合わせて店を変化させてきたことが、変化目まぐるしい中目黒でお店を長く続ける秘訣なのかもしれない。
取材・撮影・文=野崎さおり