外に出て、飲み街を歩きたい……そう思っても外に出られないときが、人にはあります。病にかかったとき、時間がないとき、人によってその事情はさまざまですが、新型コロナウイルスが蔓延する昨今は全国、全世界がそんな状況。このピンチは、チャンスに変えられるのでしょうか。

それでは、外に出られない代わりに、地図を見て回りましょう。地図であれば近くでも遠くでも、どこにでも(脳内で)行くことができます。そして、地図を見て初めて気づくこともあるのです。

国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成
国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成

こちら、東新宿駅周辺の地図です。そう言うとピンと来ない人も多いと思いますが、地図左下が歌舞伎町、左上は新大久保です。右のほうは馴染みがある人は少ないかもしれませんが、新宿まで徒歩で行ける静かな住宅地です。今回見ていただきたいのは、この地図の模様です。道路の網目の様子が違うのです。

縦移動はしやすいが横移動はしにくい……新大久保の謎

まず気になるのは、地図左上の道路模様です。新大久保はコリアンタウンとして、最近ではアジアンタウンとして多くの人を集めますが、路地裏に行くと迷う人も多いのではないでしょうか。縦の道が多い割に横の道が少ないのです。縦の道の選択肢の多さに迷い、間違って路地に入っても、横の道が少ないので軌道修正できない……しかも道も狭くて視界もよくないのです。なんでこんな道路網なのでしょうか。

地図好きの人が見れば「あれ、これ新田(しんでん)では?」と思うところなのですが、江戸時代にはこのあたりは「大久保新田」と呼ばれていたそうです。ところで新田とは読んで字のごとく、新しい田んぼなんですが、どんな地図模様になるのでしょうか。

国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成
国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成

こちらは埼玉県所沢市の中富(なかとみ)の地図です。大久保の地図と同じく、縦の道だけは多い一方、横の道がありません。そしてここは、上富、下富とともに「三富新田」と言われ、江戸時代に新田開発された地域で、いまでも農地が広がり、新田開発の原型をとどめています。江戸時代は江戸の人口が増え、食糧増産の必要が出てきたため、近郊農業を進めて対応したのです。何故こんな形になるかというと、この形が効率的だから、なのです。

未開発の土地に田畑を作り、農民が住むとなると、農地以外に家と道と水路が必要になります。しかし、新しく作るのは大変なので、なるべく最小限の道と水路で多くの人に行き渡らせたい、となると、この形になるのです。最初に作られた道は、現在の県道56号線のみで、この道沿いに家屋が集中しています。左上の水色の直線で描かれたところが水路です。農家はこの、道から水路までの細長い土地を耕し、耕作をしました。もしこの県道56号線と水路の間に20軒の農家が住むとしたら…正方形に近い形で縦横に割ると、道がない人、水路がない人、どちらもない人…が出てきて不公平になりますが、縦長に割ってしまえば1本の道と水路が事足りて、平等に土地を分けることができます。

開発した形式が読み取れる…歌舞伎町の道

最初の地図で見ると、地図左下の歌舞伎町は、道幅が広く、縦横無尽に道路網ができているのがわかります。この道路模様からは、街として道路を整備した形跡が読み取れます。

さきほどの中富の少し南の地図を見てみましょう。

国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成
国土地理院「基盤地図情報」を元に筆者作成

地図の上のほうはさきほどの新田開発ですが、下のほう(中富南)は、比較的太い道路で、細かく縦横に区画が割られています。江戸時代、食糧生産の場となった江戸郊外は、昭和の高度成長を経て、溢れる東京の人口を受け止める新興住宅地になっていったのです。

さて、歌舞伎町の地図を見てみましょう、さきほどの住宅地より道の網の目が細かいのが分かります。ここは戦前に住宅地になってから、戦時中に空襲被害を受け、戦後に区画整理がなされて今の区画ができてきます。その頃には新宿駅もあり、周辺は市街地でした。新興文化地域として歌舞伎座の誘致を目指して「歌舞伎町」と名付けられたのが町名の由来。歌舞伎座は誘致できなかったものの、映画館や劇場が立地し、今に至ります。それからの歌舞伎町の変化は、歌舞伎町ポータルサイトをご覧ください。

計画せず、自然に任せるとどんな道になるのか

新大久保も歌舞伎町も、時代は違えど計画されて作られた道路網でした。東新宿の地図の右側を見てみると、どうでしょう、道路網は縦横ではありますが、交わり方が複雑で、行き止まりも多いのが分かります。もともと農地が広がっていたところが少しずつ宅地化すると、こうした道路模様が生まれます。もともとあった道沿いに建物が埋まってくると、その道沿いから奥に入った土地にも家を建てるようになります。そうすると、そこまで行く道が必要で、行き止まりの道がたくさん生まれるのです。時にこうした道同士がつながることもあれば、行き止まりのまま残ることもあります。こうした道路網が一番迷いやすいかもしれません。

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外を歩けるときは、歩きながら街を楽しみたいところですが、そうもいかないときは「空から見てみよう」ではないですが、地図を見てみるのもよいでしょう。道路の模様は、街によって全然違います。そこから街の様子が読み解けることもあれば、街の歴史を読み解く手がかりも得られます。家の近くや育った場所、行ってみたい場所の道路模様を、地図で見てみてはいかがでしょうか。

文・地図=今和泉隆行

今和泉 隆行
空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。通称「地理人」。近著は「どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本」(だいわ文庫)。