東京の真ん中にある、「いつものちょうだい」が通じるパン屋
後楽園駅から500mほどの場所、住宅街とオフィスが混在する場所に、『COMME D’HAB』はある。スタイリッシュな外観とは裏腹に、地域の人が集まるアットホームなパン屋だ。
お店の名前である『COMME D’HAB』とは、フランス語の「Comme d’habitude(コムダビチュード)」の略。訳すと「いつもの」「いつも通りの」という意味だそう。お客さんがパンを買いにきたら、「いつものちょうだい」と言えるような、日常で通ってもらえるパン屋にしたいという想いからつけられた名前だ。
「普段使いのパン屋にしてもらえればなって、常に思ってますね」
と、パン職人の井上さんは語る。
ゆっくり、じっくり、自然に発酵させる
「シンプルなパンこそ、長時間熟成させます」
『COMME D’HAB』のパンは、長時間寝かせるのが特徴。長時間発酵させることで粉の旨味を引き出している。材料がシンプルなパンほど特に意識しているそうで、熟成期間はクロワッサンなら2日、フランスパンに関しては12~13時間ほどだ。
長い時間発酵させることで何が違うのだろうか?それは旨味や甘みだ。
「パン酵母が粉の中のでんぷんを食べて、旨味や甘みを引き出す時間って、時間をかけないと生まれないと個人的に思っているんです」と井上さん。特に毎日パンを食べる方が、その旨味や甘みを舌で感じられるまでに高めるべく、長い時間をかけて自然に発酵したパンを提供している。
お店の1番人気は「リュスティックセレアル」。フランスパン生地がベースで、噛めば噛むほど香ばしさが出る。シンプルだからこそ『COMME D’HAB』の特徴である、自然な旨味や甘みを存分に楽しめる。ぜひ、味わってもらいたいひと品だ。
捕鯨船から下船して、パン屋になると決めた
『COMME D’HAB』は2017年10月、井上さんが小さい頃から育った実家を改装してオープンした。井上さんは、元々パン屋になろうと思っていたわけではなく、大学時代は海洋生物系の大学で鯨の研究をしていたそう。その一環として、捕鯨船に6カ月間乗船して南極を目指すと言うものがあり、下船後の自分の将来についてじっくりと考えているうちに「パン屋だったら一生自分ができる」と思い、パン屋になることを決意。
その後、開業支援もしているという大手のパン屋で修業。仕込み〜焼成までひと通りを経験し、その面白さに目覚めた。
「パンを作っていて楽しいとずっと思ってますね。楽しいですね、常に」
大変なこともあったが、自分の人生の柱として選んだのがパン屋なので、やめる選択肢が生まれなかったという。全く違う世界に足を踏み入れながらも、パン作りを純粋に楽しむ職人の姿がそこにはあった。
自然で優しい味のパンを持って、いってらっしゃい
地域に愛されている『COMME D’HAB』。今では顔見知りのお客さんも多くなり、パンを買わなくても挨拶だけしにきてくれるような、コミュニティーの場となっている。近くには保育園や幼稚園もあり、子供たちや保護者も多く訪れる。だからこそ、発酵だけでなく自然な材料というところにもこだわりがある。
「体にいいものを、自然なものを入れてあげたいなっていうので、お砂糖は全部きび砂糖を使っています」
きび砂糖を使ったからといって大きく味が変わるわけではない。それでも食べているものが優しい素材で作られていたら嬉しいと思うから、という純粋な気持ちできび砂糖を選んでいる。
自然な材料を使い、長い時間をかけて自然に発酵させる。そうすることで『COMME D’HAB』ならではの優しい味のパンができるのだ。今日もお店には、たくさんの子供たちの「いってきます」の声が聞こえる。
取材・文・撮影=パンスク編集部