翌日、さらなる発見を求めて、同行者に車の運転を頼んで市内を回ることに。これがまた思いのほか発見が多くて、その中でも特に「こんなのも有名だったのか!」というものをいくつか挙げたい。

北アルプスの麓まで車を走らせること30分。たまたま見つけた「安曇野ワイナリー」へ訪れたことは、もはや“思し召し”だったとも思える絶勝の地だった。「ただのフランスじゃん!」と言わんばかりの穏やかなブドウ畑が広がる。

ワイナリーは割と新しく綺麗で、貯蔵庫の中も入れる。ひんやりとした空気と静寂、ほんのりと甘い香りが漂い、それを吸引……しているとどうしてもワインを欲するのだ。お土産で購入した白ワインを後で飲んだが、これがまた絶品だった。日本のワインといったら山梨一択とばかり思っていたが、長野もまたワインの里だったと発見した。

そして「大王わさび農場」だ。これもまた、わさびは静岡一択かと思いきや、長野にも素晴らしいわさび文化があったのだ。わさび農園自体が初めてだったが、川をまるごと薄い黒布で隠すという大掛かりな栽培方法に圧巻する。

そんな手間暇をかけて出来た「わさび漬け」を試食してみたのだが、今まで食べてきたわさび漬けとは一体何だったのかと、それはまるで違う味わいに、またひとつ発見したのだ。

文化やグルメ、細かいことを言えばまだまだ長野の発見はあったのだが、少しの時間で私の中にある“長野県といえば”は、だいぶ大きく更新されたのだった。

 

 

さて、本命の酒場の文化だ。前日の『太助』の後に続いて、訪れていたのが『大漁』である。実は『太助』の前に訪れていたのだが、満席で一度諦めていたのだ。これで二度目のアタックだ。

おそらくビル一体がこの店の所有なのだろう、一階をメインに二階と三階は座敷とかなり大箱だと分かる外観。店先には地酒が並んだショーケースと積み上げられた大樽、ちょっとお高めの割烹のようで、家族でも入りやすそうな温かみのある雰囲気。

私はこの雰囲気が大好きで、もう他の酒場に行けなくてもいいから、すぐにでもここで飲(や)りたい一心である。

さて、今度はどうだ……かわいらしい柄の藍暖簾が掛かる、自動ドアから中へと入る。

 

 

「いらっしゃいませ!」

ほらね、言った通り、大好物の酒場店内だ。タイル張りの床、ピュアブラウンの壁と天井。極厚テーブル席は広々として、カウンターの上には割烹酒場でお馴染みの迫り出した屋根。絶対、ここで飲(や)りたい、いや、飲(や)らせて下さい!

 

「席、空いてますか……?」

「えーっと、はい、テーブルどうぞ!」

やった! ほぼ満席だったが、運よくテーブル席に座ることができたのだ。神恩感謝、今夜ほど“酒場の神様”に感謝したことはない。まずは大至急、御神酒でお清めだ。

ほっ、これこれ。日本全国、どこの酒場へ行っても大瓶(633)の安心感に感謝だ。

クンッ(グラスへ唇を当てる音)……ゴクンッ……ゴックン……、タ──イ──リョうんめぇぇぇぇッ!! はい、間違いはひとつも御座いません。食道を通って体中にほとばしる麦汁の旨味を感じつつ、続いて御料理にしましょう。

こんな「なめこおろし」ははじめてだ。なめこがデカいのナンのって、さすがはキノコの本場だ。正直、普段はなめこおろしを食べることはないが、長野に来て頼まない手はない。

「ヌリュン」とした舌ざわりが心地好い。舌の動きでそれを転がすようにすると、ジワジワとキノコの旨味が広がってくる。この旨味と食べ応えといったら、まるで肉のような食べ応えだ。

続いて、迫力のネーミング「大王岩魚刺身」である。川魚を刺し身で食するには、相当鮮度が良くなくてはならない。おそらく、あの大王わさび園の川で採れた岩魚か、明らかに鮮度抜群のビジュアルだ。

鮮度だけではない。今までに岩魚刺し身を食べたことがあったのだが、ここのは切り身がデカ過ぎる。岩魚自体が相当大きいのだと分かる。さらにその味と来たら、完全に“トロ”だ。マグロほど濃くない上品な脂の旨味、マグロのトロが苦手な中高年でもスルッとイケちゃうだろう。

しかし、良い眺めだ。店内に入った時から、ひと目で気に入ってしまった。騒がしくもなく、静か過ぎもせず……ちょうどいい、にぎやかさなんだよなぁ。それはこの店の佇まいからなるものなのかはわからないが、育った環境や食文化は違うはずなのに、なぜだか落ち着いてしまう雰囲気。どんなところにも、自分好みの酒場がある不思議……それって、なかなかすごいことな気がする。

ちょいと珍味(しょっぱい)系にもいってみよう。「ホタルイカ山独活酢味噌」は、珍しい山独活(やまうど)が酢味噌と和えてある。

何から絶賛すればいいのやら、まずホタルイカは“海なし県”のものとは思えないほど新鮮でウマい。これに甘味の濃い味噌が最高に合う。さらに山独活も、ネットリとした舌ざわりとサクサクした歯ざわり。独活ってこんなにウマかったのかと、唸ってしょうがない。

もはやこてんぱんに長野料理を堪能したが、ここで追い打ちの「天ぷら盛合わせ」である。そう、長野といえば山菜、そのオンパレードだ。タラの芽、マイタケ、エリンギ、この中ではオマケのエビまであるのがうれしい。

味付けは小瓶の塩オンリーという潔さ。タラの芽のほろ苦さに涙ちょちょ切れ、ドッシリとしたマイタケの旨味に北アルプスの雄大ささえ感じる。エリンギは見たこともないくらい肉厚で、噛めばジュワッとコクの汁が溢れる。やはり山菜は長野だと断定したのだが、エビも“海あり県”に負けないおいしさには、良(い)い意味で脅威すら感じる。

う~む……長野さん、アナタはウマすぎるよ。

 

 

「あのー、二人なんですけど……」

「すいません、今満席でして……」

飲(や)っている間にも、何度かこんなやりとりが店先で繰り返されていた。私と同じ観光客か、それとも地元の客か。何度でもアタックしてらっしゃい、そして長野のことをもっと知るが良し!

“長野県といえば”蕎麦や善光寺……私(ワタクシ)、今まで何て浅はかな知識だったのだろうか。思い返せば、ワイナリーにわさび園、キノコに山独活、岩魚刺し身。そして、この酒場自体もそうだ。

間違いなく、これから“長野県といえば”この酒場も思い浮かぶに違いない。

『大漁(たいりょう)』

住所: 長野県松本市中央1-3-10
TEL: 050-5872-8671
営業時間: 16:00~23:00
定休日: 毎週日曜日、他2日程(連休の場合は営業)
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)