そもそも長野は、二十年前に無理やりキャンプに連れていかれた記憶があるくらいで、酒場どころかまったく未知の土地だ。これはもう“行ってきなさい”という思し召しのような気がする。

そうだな、初めて行くとなったら、まずは県庁所在地がいいな。単純に、県庁所在地に行けば、その土地のものは大抵揃うし、県都の長野市には名刹『善光寺』がある。ただ、第二の都市である松本市には名城『松本城』があるという。

お寺かお城か、悩むところだが……どうしましょう。

ここはまず、お城から行きましょう。昭和歌謡曲で有名な『特急あずさ号』に乗り約三時間、松本駅に降りると、雄大な北アルプス連峰が迎えてくれた。

思っていたより遥かに発展した街だ……といえば失礼だが、街に繰り出してみると本当に程よく発展しており、それでいて昔ながらの街並みも多く残っている。

気候も良く、ただ歩いているだけで気持ちがいい。なぜ今まで訪れていなかったのかが不思議でならない。どんな願いも叶うという『四柱神社』や、長屋風の賑やかな『なわて通り商店街』を散策して、さらにしばらく行くと……

出ましたっ、『松本城』だ! さすがは国宝五城と言われるだけあって、存在感が半端ではない。

この威圧感、漆黒の城壁がなんとも“漢”らしく、建物全体のバランスも抜群にイイ。当時、この城に攻め入った武将たちも、この迫力には相当ビビったはずだ。『ドラゴンボール』で言えばマッスルタワー、『死亡遊戯』で言えばレッド・ペッパー・タワーだ。各階に、猛者たちが待ち受けていたに違いない。

うーむ、どこから見ても素晴らしいお城だ。単純に“超カッコイイ”のだ。今までいくつかお城を見てきたが、文句なしで一番のお城になった。

お城が素晴らしいと、必然的にその城下町も素晴らしい。城下町が素晴らしいと、酒場も素晴らしいに決まっている。

城下町に戻り、程よい時間。はじめての長野酒場は、ちょっと渋めの地元密着系がいい。その街のことを知るには、その街の酒場へ行けって誰かも言っていた。そして、それを叶えてくれそうな酒場を発見した。

おぉ……昭和モルタル外壁にタイルの間口床、手書き風看板に堂々たる藍暖簾。その名も『居酒屋 太助』、松本城に負けず劣らずの迫力だ。

どう見たって地元密着系で、すぐにでも入りたいところだが……店内から溢れ出す地元オーラに、ちょっぴり怖気づいてしまう。どうしようか……まてよ、かつての松本城城主『松平直政』には、こんな逸話があったらしい。『大坂の陣』という大舞台で家臣が突然、直政のキ〇タマを握り、こう言ったそうだ。

 

「人は怖気づいた時は縮むものですが、殿のは縮んでおりません!」

 

下手すりゃ切腹させられてもおかしくないが、今の私も似た状況じゃないか。“確認”はしていないが、おそらく縮んではいない(はず)。それならば、行くしかない。さぁ、長野の初陣へ!

 

 

「いらっしゃいませー」

おっほっほっ、いい感じぃ! 狭い間口の奥には、カウンター数席とテーブルひとつ、7、8人が座れるくらいの小上がりだけの、小ぢんまりとした空間が広がる。壁には手書きのメニュー、日毎のホワイトボードメニューは間違いない。たまたまだろうか、店内BGMは「広島東洋カープ応援歌」だ。

 

「奥、ちょっと狭いですけどいいですか?」

「もちろんですっ!」

 

予約はしておらず、満席だったので入れないと思ったが、ぎゅっと席を詰めて座らせてくれるうれしさ。この瞬間、酒場ナビ初の長野酒場が始まった。よーし、祝杯としましょうか!

店名が付いた『太助割り』は、ただの水割りの様に見える。ただ、よく見ると薄っすらと黄金色だ。これは果たして……

ごぐんっ……まつもっ……ごぐんっ……、タ──スケウメ──スケッ!! その正体は、そば焼酎をそば茶で割ったという、さすが蕎麦王国の酒だ。蕎麦を蕎麦で割るなんて相当クセがありそうだったが、それが全く違う。抜けるようなそば焼酎の爽快さに、そば茶の香ばしさが最高の掛け合わせ。これはね、間違いなく我が家の晩酌でも流行るだろう。

つづく料理は『信州サーモン刺』だ。これが食ってみたかった! 見た目は普通のサーモンより少しオレンジが強いくらいだが、明らかに脂のテカリが違う。

箸先に伝わるネットリを感じつつ、ひと口……んまいっ! 普通のサーモンより“柔らかい”という印象。本場北海道でも食べたが、旨味のベクトルが違う。正直、サーモン刺の良し悪しは今まで感じたことが無かったが、それは間違いだったと気づかされた。あと、添えてあるワサビが地味にウマい。そういえば、長野はワサビ王国でもあった。

それで思い出して『花ワサビの天ぷら』を頂く。もうこんなん生け花じゃん!と言いたくなるほど美しい造り。これに抹茶塩をチョンと付けて、サクリ。

葉はパリサク、茎はホリホリとした心地好(い)い歯触り。甘いような、ほろ苦いような……まるで青春ど真ん中のような繊細な味わい。これは都内だと、中々食べることは出来ないだろう。

 

 

「♪カープ カープ カープ広島 広島 カープ」

相変わらず広島カープの応援歌は流れているので、一瞬「ここは一体、どこだっけ?」と脳が混乱するが、すぐさま「あっ、長野だ。初の長野だった」と心がニンマリとする。うふふ……今夜はもう少し奮発しましょうかね。

おおっ、『馬刺し』の霜降り様だ! そのド迫力のビジュアルに、思わず馬のようにいななき……する。だって見てくださいよ、この溢れんばかりの肉々しさ。ビッシリとサシが入っているのではなく、赤身と脂が均等に合わさったような美しい色合いがいい。こんなの、絶対にウマいに決まっている。

箸で持ち上げると「あぁ!脂が垂れちゃうっ!」と思わず言いたくなる引力感。そのまま舌に乗せると、「ふぁっ」っという音と共に蕩(とろ)け出す。ミルキーな風味が口中をパカッパカッと駆け巡り、やがて脳の幸福中枢をヒヒィーンと刺激する。これは今後、とんでもない“馬肉食べたい中毒”になってしまいそうな予感。

これもよく聞く長野名物『山賊焼』だ。山賊焼とは、もも肉をすり下ろしたニンニクやタマネギを醤油に漬け込んだ唐揚げだ。とにかく、この“やんちゃ”な見た目と香りといったらない。男子高校生なら、この横に特盛りライスがあってもおかしくない、カロリフル……な料理だ。

レモンをサッと回し、ひと口……くぉぉぉぉうんめぇぇぇぇっ!! この表現が果たして正しいかは分からないが、なぜかブルーベリー的な甘い風味を感じる。ザクジュワのもも肉がパワフルかつアッサリで、やっぱりライス大盛りを頼むべきかと葛藤させる。ウマい……完全にウマい!

 

 

長野、長野松本の酒場、いいじゃないか。ものの小一時間ですっかりいい気分となってしまった。とても“はじめて訪れた土地の酒場”とは思えない。もう一度言うが、本当になぜ今まで訪れていなかったのか、不思議で仕方がない。

さて、次の酒場へ行こうか……いや、あえて留まるか。あまりの料理の旨さと居心地の良さに、なんだか、このまま飲り続けてもいい気がしてきたが……ここでまた『松平直政』の逸話を思い出して“確認”をしてみる。

 

「人は酔っぱらった時は縮むものですが、私のは縮んで……縮んで……」

 

よろしい、目指すは次の酒場の天守閣。いざ、出陣!

『太助(たすけ)』

住所: 長野県松本市中央1-4-4
TEL: 0263-36-4976
営業時間: 17:00~23:00
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)