一見さんにはいろいろ悩ましい

『Y’z☆Kato』(ワイズカトウ・以下ワイズで表記)は、方南町駅から歩いて約3分。方南通りを新宿方面へ少し、横にそれる通り沿いにある。けっこういい立地に思えるが、一見さんはまず入ることがないだろう。

なにしろ、表に店名が書かれていない。飲食店のようだし営業中の看板が出ているから入ってみようと扉の前に立つと、細々と書かれたメニューの貼り紙が出迎える。ここで軽く混乱するが、それを乗り越えて店に入ると、さらに大量のメニューが待っている。

一見さんはまぁ、冷静じゃいられないよね。さらに混乱に拍車をかけるのが、ぬるそばの存在だ。

ぬるそばとは、文字通り、ぬるいそばのこと。麺類は基本、温かいと冷たいの2種類があるが、それに加えて「ぬるい1番」=麺を水で冷やす+温かいツユと「ぬるい2番」=麺を水で冷やす+ぬるいツユの2種類があるのだ。

ぬるいがうまいの不思議

『ワイズ』はもともと、「ちかてつそば」として、方南町駅の出口そばで営業していたのだが、ぬるそばはその頃からの名物メニュー。駅そばは急ぐお客さんが多いため、早く食べられるようにと考案したのだそう。しかしなにより、店主の加藤さんが猫舌だったから、というのが大きい理由らしい。

七割そばセットゲソ天盛りを2番ぬるいで。650円。
七割そばセットゲソ天盛りを2番ぬるいで。650円。

以前は上記に加え、温かい麺+ぬるいツユのバリエーションもあったのだが、お客さんが迷って注文が遅くなるため、廃止したそうだ。

店主の加藤さん。かなり気さくな方。
店主の加藤さん。かなり気さくな方。

ぬるいそばと聞くとかなり邪道なように思えるが、食べてみると、これがけっこううまい。水で締められたそばは食感良く、ぬるいツユは香り立ちこそ弱いものの、旨味をじっくりと感じられる。こんなそばを食べられるのは、そうそうない。

写真ではぬるさは伝わらない。
写真ではぬるさは伝わらない。

メニューもパワーアップ

ぬるさのバリエーションが減った代わりに、麺の種類は増えていた。「ゆで麺」「日本そば」「田舎そば」「うどん」「七割そば」「生麺(そば)」「真打ちうどん」「そうめん」の8種類。ちなみに「ゆで麺」と「生麺」以外は冷凍麺だ。さらにラーメンもラインナップに加わっている。「ぬるさ」を減らしても、これではさらに混乱するように思えるのだが、いろいろな麺を楽しめるのはいい。

定食もあり、ラーメンもあり、酒類もあり。
定食もあり、ラーメンもあり、酒類もあり。

で、その新メニューのラーメンのうち、ざる中華は、なんとツユがそばツユになっている。さっぱり食べられるが物足りないことはなく、十分にうまい。けっこう画期的な新製品なのだが、メニューを見るとツユに関してはなにも書いていなかった。うん、『ワイズ』らしいね。すてきだ。

ざる中華は500円。細麺太麺があり、これは細麺。
ざる中華は500円。細麺太麺があり、これは細麺。
濃いめにされたそばツユは温かい。これが中華麺に合うのだ。
濃いめにされたそばツユは温かい。これが中華麺に合うのだ。

よく分からないのが『ワイズ』の魅力なのだ。この日は揚げたて天ぷらのつく七割そばセットを「ぬるい2番」で食べたのだが、ついてくる天盛り(この日はゲソ天盛りをセレクト)が圧巻。大量のゲソに加え、玉ねぎ、いんげん、さつまいも、ちくわ、ピーマンとてんこ盛り。以前より値上げしたとはいえ、これで650円なのだから、よく分からない。

ゲソ天盛りは単品だと220円。これだけでチューハイが2杯飲めます。
ゲソ天盛りは単品だと220円。これだけでチューハイが2杯飲めます。

最近はテレビでも取材されたいた『ワイズ』。お客さんが増えたのか聞くと「たいして増えないよ。方南町なんか来るの面倒だから、誰も来ないって」と加藤さんは笑って答えてくれた。確かに方南町駅は丸ノ内線のどんつき。都内に住む人でも、行く機会というのはなかなかないだろう。営業時間が短く、ハードルが高いというのもあると思うが。

これは休業前の店内(撮影・安藤青太)。
これは休業前の店内(撮影・安藤青太)。

多くの常連さんは少し迷いながらも、思い思いのメニューを頼んで、のんびり食事を楽しんでいる。混沌とした店ながら、慣れるとなんだか居心地がいいのだ。加藤さんと常連さんの慣れた会話も聞いていて楽しい。入るのに勇気がいる、注文するにも勇気がいる、そんな『ワイズ』だけれど、入ってみればとびきりの店なのだ。

住所:東京都杉並区方南町2-15-5/営業時間:9:00~14:30LO/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄丸ノ内線方南町駅から徒歩3分

取材・撮影・文=本橋隆司(東京ソバット団)