歴代マドンナ未婚・既婚・バツイチ
シリーズ全48作(50作、49作は除く)中、寅さんが惚れた歴代マドンナの婚姻歴は、どんな感じだったろう?
まずは、そのあたりからおさらい。
【未婚】計27作品(「途中から既婚」も含む)
1作、2作、4作、5作、7作、9作、11作、12作、14作、16作、17作、21作、23作、26作、27作、30作、31作、32作、33作、35作、36作、37作、38作、39作、41作、45作、46作
【バツイチ】計16作品(「途中からバツイチ」も含む)
3作、8作、10作、13作、15作、18作、19作、20作、24作、25作、28作、29作、40作、43作、44作、48作
【既婚】計5作品(「途中からバツイチ」も含む)
6作、22作、34作、42作、47作
こう言っちゃあなんだが、寅さんは全48作中、5作品で不倫をしようとしているワケだ(すべて未遂ですが……)。やるねえ、このっ!このっ!
しかし、ひと口に不倫(未遂)と言っても、さまざまな様相や程度がある。次にその点をザックリ……。
なお、一般的に「不倫」とは、既婚者が配偶者以外の異性と肉体関係を持った場合、肉体関係にある恋愛対象が既婚者である場合を指すが、本稿では便宜上、肉体関係の有無に関わりなく恋愛感情を抱いた場合もその範疇に含める。
・第6作『男はつらいよ 純情篇』
マドンナ:明石夕子(演:若尾文子)
〔不倫評〕おばちゃんの遠縁に当たる夕子さんが、夫と別居中という状況で「とらや」に間借り。寅さん一目惚れするも、夕子さんその気なし。一方的なカン違いでした。
〔不倫度〕★
・第22作『男はつらいよ 噂の寅次郎』
マドンナ:水野早苗(演:大原麗子)
〔不倫評〕「とらや」店員の早苗さんに一目惚れ。別居から離婚に至った傷心の早苗さんをいたわるも、恋敵登場で身を引く寅さん。
〔不倫度〕★★★
・第34作『男はつらいよ 寅次郎 真実一路』
マドンナ:富永ふじ子(演:大原麗子)
〔不倫評〕薄幸な人妻演らせたら日本一!大原麗子さん、2度目の登場も既婚者マドンナ!今作は一見良妻賢母タイプ。劣情大いにそそられます。
〔不倫度〕★★★★★
・第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』
マドンナ:奥村寿子(演:檀ふみ)
〔不倫評〕満男のガールフレンド・泉ちゃんの母親の妹。たまたま出会った「ちょっとイイ女」レベルで不倫感はゼロに近い。
〔不倫度〕-
・第47作『男はつらいよ 拝啓 車寅次郎様』
マドンナ:宮典子(演:かたせ梨乃)
〔不倫評〕旅先で出会った典子の冷えきった夫婦仲に同情するも、関係は進まず。それでも未練あり気に鎌倉までこっそり出向いたけど、家庭の様子を見て気持ちを断ち切る。
〔不倫度〕★★★
うわあ、このジャンル、どう見ても大原麗子さんの無双って感じだ。とくに第34作は不倫感極まった傑作と言える。
異色の不倫ストーリー
さて、シリーズ屈指の不倫ストーリー『男はつらいよ 寅次郎 真実一路』。その物語は……。
寅さんが上野の焼き鳥屋で知り合い、後日、自宅にまで泊めてくれた大手証券会社の課長・富永(演:米倉斉加年)が突然蒸発。残された妻・ふじ子に道ならぬ恋心を抱いた寅さんは、ふじ子と二人で富永を探しに旅に出る--、というもの。
また、この作品は一篇の詩がモチーフとなっている。表題の「真実一路」という言葉の引用元、北原白秋の詩『巡礼』の一節だ(作中、富永家の居間にも掲出されている)。
真実 諦メ タダ一人
真実一路ノ 旅ヲ行ク
真実一路ノ 旅ナレド
真実 鈴振リ 思ヒ出ス
道ならぬ恋に苦悶する白秋自身の半生を詠んだ詩と言われる。
ここで面白いのは「真実」という言葉の解釈。この言葉をどう解釈するか、どんな言葉で置き換えるかで、この詩は読んだ人それぞれのオリジナルストーリーになり得るという点だ。
たとえば、蒸発した課長さんの場合は
真実=サラリーマンとしての幸せ、円満な家庭
ってところか。
んで、寅さんの場合は?
真実=恋であったり、誠意であったり、自分自身であったり……。
そんな言葉の解釈を頭のすみにおきながら、この詩を伴奏に、寅さんの倫理との葛藤をたどってみたい。
真実 諦メ タダ一人
上野で富永課長さんと深酒した寅さん。目覚めてみると、そこは茨城県牛久沼の富永宅だった。
課長さんはすでに出勤、一人息子は登校、家にいたのは美人妻・ふじ子だけ。もちろん寅さん、一目惚れ。
「面白い方ね」
ふじ子さん、色気たっぷりに好意を匂わすが、寅さんは、
「ということは、あの……奥さんと俺と二人っきりということですか?」
と、二人きりであることがわかると後ろめたさを覚え、そそくさと退出する。
寅さんが後ろめたさを覚えたのは、「人妻と二人っきり」ということだけではなく、東京から遠く離れた牛久沼のマイホームというロケーションにも原因があるだろう。
ふじ子さんによれば、課長さんは毎日7時30分の会議に間に合うよう朝6時に家を出るという。
ん?間に合うかな?検証してみる。
まず朝6時に家を出て自転車で常磐線牛久駅に向かう。距離にして約3.5km、所要時間約20分。牛久発6時27分の品川行に乗って、7時31分に勤め先・スタンダード証券の最寄り駅・東京駅到着……。この段階ですでに時間オーバーだ。当時は品川直通の列車は設定されていないから、もっと遅くなるはず。
間に合わせようとしたら、牛久駅5時59分発上野行きに乗る必要があるので、5時30分には家を出ていたい。いやはや、課長さん大変やな~(すべて2023年6月現在の時刻)
「お前は朝、何時に家出る?」
「9時……10分前かなあ」
と博に確認するあたり、寅さんもそんな課長さんに同情している様子。
まっとうなサラリーマンが遠距離通勤も厭(いと)わず無理して手に入れたマイホームに、オレみたいなフーテンが上がり込んで、築き上げたささやかな幸せを壊しちゃいけねえ……なんて思ったとしても不思議じゃない。我らが寅さん、真面目に生きるヤツにゃあ、とことん弱いのだ。
ともあれ寅さんは、こみ上げる恋心を諦めて、牛久沼を後にするのだった。
真実一路ノ 旅ヲ行ク
突然「とらや」に電話をくれたふじ子さんを心配して牛久沼に訪ねた寅さん、そこで、
「主人いないの。ずっといないの……」
と「課長さん行方不明」の報を聞かされる。
憔悴(しょうすい)した美人の人妻を救うべく、捜索の旅に出るだ、金を貸せだと大騒ぎをする寅さんに、博が放つ不用意なひと言……、
「万一の事態が起きた後のことを冷静に考えておくのが兄さんの立場じゃないですか。(中略)夫を亡くした美しい奥さんの悲しみがどれだけ深いものなのか想像してごらんなさい」
あっちゃあ~、博さん言っちゃったあ~。そのセリフA級戦犯だ~。筆者のみならず、その場にいた者、このシーンを観ていた者のすべてが、それを言っちゃなんねえ、寅さんに聞かせちゃなんねえ、と自重してたのにぃ。
「後のことについて、ゆっくり考えてみるよ。後のこと考えるって難しいなあ」
寅さんはすっかり不倫を通り越して、アタマの中は未亡人交際デレデレモードだ。もう手のつけようがないよ~。
一方、ふじ子さんもふじ子さんで、息子を連れて柴又に訪れた別れ際、
「あのね寅さん、これからも相談相手になってくださいね」
と弱みを見せつけて、優しさにつけ込まんばかりの魔性ぶり。あ・ざ・と・い、ねえ~。
筆者も「ときめき♥️奥さまクラブ」なる夜の店で、いくつか人妻のささやきに酔いしれた過去があるが、このふじ子さんの言葉はその比ではない。
そして数日後、鹿児島で課長さんを目撃したとの情報が飛び込む!
こうなったら走り出した不倫の汽車は誰にも停められないぜギャランドゥ!寅さんは課長を探しに行くふじ子さんについていくのだった。
とかく不倫のきっかけには、
・相手の弱みにほだされる
・優しさにつけ込まれる
・周囲が焚き付ける
という状況がつきまとうものだか、このケースはすべて当てはまるから厄介だ。
寅さん、はたして真実(=誠意)を貫けるか?この旅、何やら波乱の予感ですな~。
真実一路ノ 旅ナレド
寅さんとふじ子さんは、課長さんを探しに鹿児島・枕崎に赴く。
邪(よこしま)な心は捨てて、ただただ課長さんの無事を案じ、ふじ子さんを支えようと張り切る寅さん。しかし、男と女が旅の空、何も起こんないわきゃないよねえ~。
案の定、捜索2日目の夕方……、
「寅さん、わたし疲れちゃった。どっか泊まんない?」
あら~ん、人妻、本気の誘惑よ~ん。ああ劣情の牛久沼、不倫の水面は氾濫危険水位、理性の堤防は決壊寸前だ~(舞台は鹿児島ですけど……)。
でも、寅さんはわからないフリして、結局別々に宿をとるんだな~。
「旅先で妙な噂が立っちゃあ、課長さんにも申し訳ないと思いまして……」
「つまんない、寅さん」
「奥さん、俺は汚ぇ男です」
大原麗子に……もとい、魔性の人妻・ふじ子さんに据え膳出されても理性が働く寅さんって、かなりの律儀者か、かなりの奥手に違いない。
ちなみに筆者は、東池袋のウィークリーマンションで人妻が匂わす据え膳を喰らおうとして、美人局(つつもたせ)の被害に遭いかけた壮絶な過去がある。それはいい。ホント、どうでもいい。
真実 鈴振り 思ヒ出ス
「俺は醜い……」
結局、旅では課長さんを発見できず、帰京した寅さん。一時のこととは言え、行方不明の夫をよそに人妻と道なき恋に墜ちかけた自分を思い出しては責め続ける。
「己れの煩悩に気がつくというのは、1つの進歩」
と御前様は諭すが、寅さんの耳に届いているかどうか……。
って、そんなところに課長さんがひょっこり「とらや」に現れて、失踪騒動はとりあえず一件落着~。 よかったな~課長さん、ふじ子さん!
さて、そんなこんなで、課長を自宅まで送り届ける寅さん。
「行ってやれ!しっかり二人を抱いてやれ!」
この時にはもう不倫騒動は忘れて、すっかり富永一家の応援団長だ。玄関の奥から聞こえる歓喜の声……。
それを聞いたか聞からいでか、
「お父さん、釣れるかい?」
釣り人に声をかける寅さんの表情には、潮時を悟った男の寂しげなダンディズムが滲む。
「遠い他国であの奥さんの幸せを祈ることにすらあ」
“ふりたつ”寅さんの真実一路 “ドロ沼”白秋の真実一路
寅さんの不倫騒動を見てきたが、やっぱり寅さんだ。不倫とは言え、最後はスマートかつダンディに締めくくっている。そして、どこか清々しい印象も……。
それは、
- スリル・背徳感を楽しむことを良しとしない
- 覚悟もないのに後々の責任を背負わない
- 相手の家庭に介入しない
- 世間の眼に細心の注意を払う
- 劣情は抑制する
- 潮時を読み間違えない
こうした、いわばドロ沼化しないための「不倫のオキテ」をしっかりわきまえているからだろう。見事としか言いようがない。まさに不倫の達人、“ふりたつ”(?)だ!
一方、同じ不倫でも、詩の作者・北原白秋は真逆をゆく。
白秋は25歳の頃、隣人の新聞記者の妻・俊子と道ならぬ恋に落ち、その夫に姦通罪で訴えられて投獄。後に結婚したものの、彼女の浪費癖やわがままが仇となり、結婚生活は1年余りでピリオド。その後、再婚した章子なる女性には不倫&駆け落ちされて離婚……
とまあ、ヒ〇スエ級の相当ディープなドロ沼でもがき苦しむ。この体験が「真実一路」の詩を産み出したのだから、これもある意味、実に見事なのだが……。
ともあれ、寅さん的真実一路は、ダンディかつ抑制が利いたものに、一方の白秋のオリジナル真実一路は壮絶なポエムとなった。この二者の対比、実に興味深い。
不倫……。それは常に世の中から批判を浴びる行為だが、かと言って無くなることもない。きっと、消せない人の性(さが)なのだろう。
幸か不幸か、その状況が訪れた時は、寅さんのように抑制を利かせた真実一路をゆくか、白秋のように行き着くところまで行ってみるか……。はたまた別の一路があるのか……。
正しい答えなんて、どこにもないよね。しみじみ……。
文・撮影=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ