とんねるずって知ってますか? むかしすごい人気があったんですよ。あれは僕が中学生の頃だった。石橋貴明と木梨憲武。学校でいちばん面白い奴らが、テレビに気後れすることもなく、そのまま飛び出してきたみたいな感じだった。
お笑いスタ誕で勝ち抜いて、「一気!」を歌う頃から、文字通り一気にスターの階段を駆け上がっていった。『オールナイトフジ』、『夕やけニャンニャン』、『オールナイトニッポン』、『ねるとん紅鯨団』、『みなさんのおかげです』、「仮面ノリダー」、『生でダラダラいかせて!!』、『みなさんのおかげでした』、「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」。歌だと「青年の主張」、「雨の西麻布」、「やぶさかでない」、「嵐のマッチョマン」、「迷惑でしょうが…」、「情けねえ」、「ガラガラヘビがやってくる」(150万枚)、工藤静香とのデュエット、番組の裏方スタッフで構成したグループ野猿。ドラマは『お坊っチャマにはわかるまい!』、『時間ですよ』シリーズ。映画は森田芳光監督の『そろばんずく』(本作で木梨と安田成美が出会って結婚)。石橋がハリウッド映画『メジャーリーグ2』に出演なんてのもあった。
テレビ、ラジオ、歌、映画など、縦横無尽にふたりは暴れまくった。石橋はテレビカメラを壊し、年上のタレントを「おまえ」呼ばわりし、「母子家庭で悪かったな!」など、暴言を吐いてハプニングを招いた。傍若無人。天衣無縫。痛快無比。それまでのお笑い芸人と一線を画すカッコよさだった。僕たちは共感した。クラスの男子は自伝『天狗のホルマリン漬け』を回し読みした。そこには童貞喪失のことや、むかし好きだった女性の実名が記されていた。
とんねるずが新しかったことのひとつとして、体育会系のお笑いを前面に押し出したことが挙げられる。石橋は野球部で木梨はサッカー部。おまけにふたりとも背が高い。ふたりが卒業した帝京高校の知名度も上がった。「生ダラPK対決」や『スポーツ王は俺だ!』など、随所に身体能力の高さを見せつけた。
そしてもうひとつ、業界ネタ、内輪ウケがあった。石田プロデューサーのモノマネで、本人のことを知らないのに腹を抱えて笑った。あれは『いいとも!』『ひょうきん族』で一時代以上のものを作った横澤彪(たけし)プロデューサーへの対抗だった。
ブレイクした後出演した新春かくし芸大会で「3年前はペンギンでした!」発言。『オールナイトフジ』の生放送で野坂昭如にぶん殴られた。『みなさんのおかげです』のチェッカーズ、アルフィー、宮沢りえとのふざけきったコント。井上陽水がハリセンで頭を叩かれた。緊急特番、木梨憲武死去。田村正和、宜保愛子のパロディ。紅白歌合戦で赤と白のボディペインティングで出演し、ラストでふたりが背中を向けると「受信料を払おう」の文字。石橋貴明が鈴木保奈美との再婚。「ご飯屋さんで出会ったのが馴れ初めって言うけど、鈴木保奈美が通うご飯屋さんってどこだよ!」と会見を見ながらツッこんだ。「いいとも!」晩期、野猿で出演すると石橋がタモリに「やる気がないなら俺にふた曜日寄こせ!」発言などなど。とめどなく溢れてくる、テレビで観たとんねるずのエピソード。50代以下の人ならみんなあるはずだ。
バックには秋元康がいた。今でこそ超大物アイドルプロデューサーであり、大作詞家に上り詰めた秋元だが、同時代の目撃者からすると、とんねるずのおかげで(ルックス的にも業界の実力者としても)肥えていった印象がある。
〝俺たちの兄ちゃん〟が〝大御所〟へと変わっていくと……
とんねるずは悪ノリしたまま30年以上勝ち続けた。芸能界の頂点に立った。しかしオールナイトニッポンが終わり、〝俺たちの兄ちゃん〟が〝大御所 〟へと変わっていくと、テレビでふたりを観る機会が減っていった。
たけしが監督作品の宣伝のために「食わず嫌い王決定戦」に出るというので久しぶりにチェックすると、貴明の独特の喋りにどうにもならない古さを感じた。
そして2018年、フジテレビの失墜とともに『みなさんのおかげでした』が終了した。最終回は散々な視聴率だった。『いいとも!』が華やかなグランドフィナーレで、惜しまれつつ千秋楽を迎えたのとは大違いだった。
コンプライアンスの名の下に、とんねるずの芸風は世間からパワハラ芸と認定された。先輩風を吹かして後輩をイジメる芸風は、横暴な上司と部下のそれに重ねられた。「男気じゃんけん」という、じゃんけんで勝ち抜くと高価で不要なものを自腹で買わなければならないコーナーが典型だ。保毛尾田保毛男(モデルは井上陽水)を今さら復活させたときも当事者たちは鈍感だった。ゲイを物笑いにするという、現代的観点では許されないことがわかっていなかった。
セクハラ芸も酷かった。むかしこんな回があった。みんなが見ている前で若い女性タレントを押し倒す。タレントが泣きじゃくり、ようやく解放する。「本当にされるかと思った~」。その様子を男たちはニヤニヤしながら見る。その中に、一視聴者の自分もいた。苦い感情に襲われる。すべて事後法で裁いてはいけない。特にお笑いはと知りつつも。
でもみんなとんねるずが大好きだった。とんねるずを見て育った。大きな影響を受けた。なのにいったいいつから人はとんねるずが好きだった過去を隠すようになったのか。断言できる。ダウンタウンが現れたからだ。「とんねるずとダウンタウンは仲が悪い」と人々は勝手に思い込んでいるが、それはダウンタウンがコンビのお笑いの価値観を刷新したことで、とんねるずをパージしたと潜在的に知っているからだ(もうひとつ大きな原因があるが憶測の域を出ないのでここでは書かない)。
松本人志は関東で生まれ育った人の日常会話に関西弁を導入させ、吉本興業を官民ファンドから100億円もの公金が投入される巨大企業へと躍進させた。天下人である松本にとって、レギュラーの看板番組が無くなったとんねるずはどう映るだろうか。本来ならここでとんねるずの逆襲に期待したいところだが、残念ながら人生で初の坂道を下りている彼らにそのちからは残っていない。
東京のお笑いは負けたのだろうか。改めて考える。ダウンタウンがいなかったら、とんねるずは延命していたか。そんなことはない。とんねるずはたけしのように勉強し続け、新しい自分にアップトゥデイトすることを怠ってきた。松本だってそうだ。研鑽された叡智より直感を頼りにここまで上り詰めてきたが、映画監督作品で底の浅さがバレた。『ワイドナショー』とツイッターで無知が曝け出され、裸の王様ぶりを露呈している。時代との微妙なズレを感じる。それでも当分の間、ダウンタウンの首を狩る者は現れないだろう。
とんねるずは最高に面白かった。ダウンタウン然り。かつての兄貴分と現在の王様。しかし2組とも、僕にとっては過去形でしか語れない。
『散歩の達人』2020年1月号より イラスト=サカモトトシカズ