語り手プロフィール

多田雅典(ただ まさのり)さん
160年以上の歴史を持つ、大阪府・枚方の老舗製茶問屋「茶通仙 多田製茶」7代目。大学卒業後、東京のマーケティング会社での勤務を経て2017年に家業へ。飲食店のみならず、ホテルや各種アーティストなど他業種と積極的に協業し、オリジナル商品の開発やブランドプロデュースなどを行う。辻調理師専門学校で専任講師も務める。

畠山大輝(はたけやま だいき)さん
「Bespoke Coffee Roasters(ビスポーク・コーヒー・ロースターズ)」代表のフリーランスバリスタ。2019年に行われた「Japan Brewers Cup」「Japan Hand Drip Champion Ship」で史上初の同年度2冠を達成。世界大会「World Brewers Cup2021」では、ブレンドコーヒーの抽出とプレゼンテーションを行い、見事準優勝を果たす。

“未知数の可能性”に惹かれそれぞれの道へ。原動力は、終わりなき旅への探究心

・まずは、お二人がそれぞれの業界に入られたきっかけを教えてください。

畠山さん(以下、畠)えーっと実は僕、一時期ニートだったんですよ(笑)。

多田さん(以下、多)えぇ!? いきなり(笑)。

畠)以前は働きすぎというくらい働いていたので、ボランティアや旅をしながらのんびり過ごしていた時期があって。そのとき、父が毎日午後のお茶の時間にコーヒーを淹れてくれて一緒に飲んでいたら、ある日明らかにいつもと違う美味しいものに変わったんです。

後にそれがスペシャルティコーヒーだとわかったわけなんですが、散歩コースに新しくオープンした店の豆だというので僕も通うようになりました。そしたら、いつの間にかそこで働いていたという感じです(笑)。

「父は若い頃、喫茶店で働いていたみたいです」と畠山さん。自宅ではハンドドリップでコーヒーを淹れていたそう。
「父は若い頃、喫茶店で働いていたみたいです」と畠山さん。自宅ではハンドドリップでコーヒーを淹れていたそう。

多)好きが高じてってやつですね。めっちゃいい話じゃないですか。でもやっぱり、“お茶の時間”に飲むものがすでにコーヒーだったんですね。実は今、国民飲料ってコーヒーなんですよ。総務省が出しているデータを見ても、1世帯あたりの消費量は日本茶よりコーヒーの方が圧倒的に多いんです。

畠)え、そうなんですか!? なんだかんだいっても「日本=お茶」というイメージがあるから、お茶文化が根付いていると思っていました。

多)外の人が持っているイメージと、業界に入って知る事実って差がありますよね。

畠)確かにそうかもしれないですね。僕も業界に入ってしばらくは、コーヒーの焙煎には、それぞれの豆ごとに決められた一番いい焙煎ポイントがあると思っていたんです。それを各ロースターが見極めているだけで、目指している「美味しい」は必ず1つに集約されるはずだと。

でもあるとき、2人のロースターがまったく違う焙煎度合いで仕上げた、同じ産地の同じ農園の豆を飲む機会があったんですよ。それを目の当たりにした瞬間、「どんな焙煎に仕上げるかは、結局好みでしかないんだ」と行き着いた。つまり人の数だけベストな美味しさがあって、その自由さがすごくおもしろいなと思ったのがコーヒーにハマったきっかけでした。究極はオーダーメイドの世界なんです。

多)うわっ、それすごく共感します。日本茶の火入れや仕上げも同じです!

畠)多田さんは、以前はマーケティングの会社にいらしたと聞きました。茶業界に戻って来られた理由は何だったんですか?

多)戻って来たというより、それ以前はそもそもスタート地点にすら立っていなかったという方が正しいです。実家にいた頃は、何もしなくても食後には親が淹れてくれたお茶が出てきて、おかわりも淹れてもらって……(笑)。就職して東京でひとり暮らししていたときも、急須を持たされたけど淹れなかった。

日本茶に関わり始めたのも不純な理由で、20代の頃「日本茶インストラクターの資格を取ったらお小遣いをくれる」と父に言われたから(笑)。

畠)えぇ!?(笑)

「親には実家を継げといわれたこともなかったし、小さい頃に教育もされなかった」(多田さん)
「親には実家を継げといわれたこともなかったし、小さい頃に教育もされなかった」(多田さん)

多)実際に勉強を始めたときも、日本茶そのものに惹かれたというより、最初はそこで出会う人たちのあまりの熱量の高さに興味が湧いたんです。何せ、僕のように家がお茶屋さんというわけでもない一般の方なのに、お茶に対する愛がすごいんですよ。

それに触れたとき、「市場の規模は未知数だけど、もしかして日本茶の新しいマーケットには大きなチャンスや可能性があるのかも」と思いました。その後、静岡県の金谷茶業研究拠点で1年弱日本茶の理論を学び始めたらものすごくおもしろくて!

日本茶って、栽培、加工、浸出……、ほとんどのことが化学的に説明できるんです。たとえば、「この品種のこの香気成分は、何度の熱までなら残って何度以上になると消えてしまうから、求める香りに仕上げるためにはこういう淹れ方がいい」みたいな。

畠)へぇ、おもしろい!

多)それからやっと、実際に日本茶を取り囲むバリューチェーンの中で多田製茶ができることや、日本茶でお金を稼ぐには? と考え始めました。そしたら、うちのように生産者と小売店のつなぎ役になる製茶問屋は、とにかくやることがたくさんあるんですよ。生産者側にも小売店側にもいろんなアドバイスや提案ができないといけないし、お茶の知識もマーケティングの知見も必要。逆にいえば何でもできて、めちゃくちゃ楽しそう!と思って、仕事になったのがまさに今です。

畠)「可能性が未知数」って、ゾワゾワしますよね(笑)。もしかしたら自分がパイオニアになれるかもしれないし、自分と全然違う考えを持っている人と化学反応が起きれば、想像もし得ない何かが生まれるかもしれない。

多)まさに! 創造することって楽しいですよね。

合組・ブレンド理論の中で見えてくる、“最高の味づくり”への飽くなき挑戦

-お二人は、日本茶とコーヒーで業界こそ違いますが、合組・ブレンドという共通の考えがありますよね。

多)そういえば、畠山さんが世界2位(!)になった「World Brewers Cup2021」(手動のコーヒー器具を用いて抽出技術を競う世界一の大会)では、シングルオリジンで出場するのが主流だった中でブレンドで勝負されたと聞きました。

畠)はい。

多)すごく大変じゃないですか? シングルオリジンなら、焙煎も抽出もひとつの豆のことだけを考えればいいですが、ブレンドにするとそれこそキリがない。

畠)はい、それはもう大変です(笑)。でも、やっぱりブレンドするからこそ生み出せる複雑な味があるんですよね。だから、絶対に自分にしかつくれない味で、世界で勝負したかった。ただそんな“最高の味づくりのためのブレンド”は、シングルオリジンブームを経ないとできなかったことでもあるんです。その時代があったからこそ、質が高い個々の豆が手に入るようになって、今その原料があるから最高のブレンドを突き詰めることができるようになっています。

多田さんは、ご自身の合組にセオリーはありますか?

多)さっき、日本茶のあらゆる現象は理論的・化学的に説明できるといいましたが、合組による味づくりに絶対的な理論はありません。どんな組み合わせ・配合にするかは正直、茶師のアイディアや感性が物をいうと思っています。

ただ畠山さんが「個々の原料が大事」とおっしゃったように、日本茶においても、合組をする前の各々の茶葉をどう仕上げるかが肝になってきます。化学的理論が力を発揮するのは、その原料づくりの部分です。

まずは、自分が最終的につくりたいお茶のゴールイメージと目的を考えたら、そこから因数分解してどんなパーツが必要かを考える。そうすると、仕入れる荒茶、その火入れ具合など必要なものが導き出されます。実際につくって、配合して、微調整して……、最後の決め手は、やっぱり僕自身の感覚かな。ただその中でも、完成形のゴールイメージを常に“言語化”しようという意識を持っていて、出来上がったお茶が本当にそれに合致しているかを何より大切にしています。

畠)“言語化”というと?

多)たとえば、「焼き芋に合う日本茶」「食パンと飲んで美味しい日本茶」「このアーティストの絵画を眺めながら飲みたい日本茶」といった感じです。

畠)なるほど。僕もゴールイメージからパーツを考えるという流れは同じですが、多田さんに比べると、最初のコンセプトはもっとふんわりしているかもしれません。「少し秋めいてきたらこういう味が飲みたくなるよね」とか「最近はバランスを重視したものが多かったから、そろそろ尖ったものを作ろうかな」とか。僕の場合、その中でも常に大切にしているのは“酸の複雑性”です。

多)酸ですか?

畠)はい。コーヒー豆には、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸などさまざまな種類の酸が含まれていて、その種類が富んでいるほど味に複雑性が出るんです。飲まれた方は、無意識的に「コクがある」「奥行きがある」とおっしゃいますが、僕はそれを意識的に生み出しています。

たとえば、「この豆にはA酸が多くてB酸があまり含まれないから、C酸とD酸が多いこの豆を合わせて、こういう風味を感じさせよう」という具合です。酸が複雑であるほどフレーバーが複雑になるんですよ。

多)うわー、興味深いですね。それでいうと、ものすごく尖った特徴がある豆に出会ったとき、「これをどう料理してやろう!」と燃えません?

畠)その気持ちはありますね(笑)。こぢんまりとうまくバランスが取れた豆より、何かひとつ飛び抜けているものがある方が、意外とベースにしやすい。

多)そうなんですよ! おとなしい性格の茶葉を派手にするのは難しいけど、一見おてんばに見えるくらいクセがあるものは、いい味を出してくれる。

畠)ただ、自分が意図した味やイメージがそのままお客様に伝わらないことは多々あります(笑)。

多)僕はそこはもう自己満足の世界だと割り切っています。日本茶ってもともとがすごく淡くて繊細な味のもの。どんなにお茶好きの人でも、香りや味をすべて感じ取るのは難しい。もちろん、人によって感覚も好みも違いますしね。

だから百発百中、全員が同じように感じられなくていいと思うんです。100人にひとりでもいいから、僕と同じ感性を持つ人にズバッと伝われば万々歳! そのひとりのためのメッセージを、必死で表現している感じです。

畠)その気持ち、すごくわかります! だからこそ、そういう人に出会えるとめちゃめちゃ嬉しいですよね。

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次回の後編では、2人が日本茶・コーヒーを飲んで幸せと感じる瞬間をうかがいながら、「嗜好品」としての在り方や、その広め方について掘り下げます。

写真・吉田浩樹 文・RIN(Re:leaf Record)