「鉄文(てつぶん)」プロジェクト事務局

上野山(西日本支社)、豊田(販売部)、中村(Web「さんたつby散歩の達人」編集部)、吉野(『ジパング倶楽部』編集部)、渡邉(時刻表編集部)

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と谷崎潤一郎『細雪』の鉄道

鉄道が全国に枝葉を伸ばすのと同時に、私鉄各社による郊外住宅地の開発なども行われた大正~昭和初期。宮沢賢治(1896-1933)が描く農村、谷崎潤一郎(1886-1965)が描く都市、それぞれの鉄道を見ていきます。

渡邉 : みなさんが『銀河鉄道の夜』を読んだのは子供の頃ですか?

上野山 : 子供の頃ですね。小学生だったかなと。

豊田 : 最初は絵本や、アニメ映画を学校でみんなで観て、みたいな感じですね。

吉野 : 『銀河鉄道の夜』はいろいろな作品の元ネタになっていますよね。

上野山 : 『銀河鉄道999』もそうですよね?

吉野 : ラーメンズのコントに「銀河鉄道の夜のような夜」とかもあって。だから逆に「元はどうだっけ?」となります。宮沢賢治作品ってうすら怖いんですよね……。どこか知らないところに連れていかれそうな感じで。

中村 : 怖いです、『銀河鉄道の夜』がまさにそうですよね。不気味さがあります。

渡邉 : 私は昔読んだとき、原稿の不明箇所が「以下数文字分空白」などとなっているのが怖くて。『銀河鉄道の夜』は大正13年(1924)頃~昭和6年(1931)頃にかけて推敲が繰り返され、賢治の死後に草稿が発見されて研究が重ねられた末に今読まれている内容で出版されたようですが、不完全なところも含めてミステリー要素があるなと。吉野さんは怖い話、好きなんですよね。

吉野 : 好きだけど、宮沢賢治作品は怖いと思って書いていないところが怖いんですかね。全然違う世界の話なのかなと思って読んでたら、急に「エジソン」とかが出てくるから、ぐらぐらするというか。

豊田 : 児童文学の顔をしてるのに物語がわかりにくい、とも思いました。

渡邉 : エジソンが出てくるのは『シグナルとシグナレス』ですね。軽便鉄道の信号機のシグナレスと、「本線」の信号機のシグナルの話で、鉄道という面ではこちらのほうがマニアックだなあと。

中村 : 『銀河鉄道の夜』も「夜の軽便鉄道」でしたが、賢治は本当に軽便鉄道が好きなんですね!

渡邉 : 本線のシグナルは「金(かね)」でできていて「赤青めがねも二組」持っている、「夜も電燈」の「新式」。軽便鉄道のシグナレスは「夜だってランプ」「めがねもただ一つきり」で木製、描写が細かくて面白いです。

上野山 : 賢治がモチーフとしたのは、釜石線の前身の岩手軽便鉄道とよく知られていますよね。

中村 : 当時の農村地帯の子供にとっては、鉄道はおそらく一番身近なメカですよね。今の鉄道とはかなり立ち位置が違ったのではないかと。

吉野 : たしかに、大きな鉄の塊が走るなんて、この頃は他にないですよね。

戦前の都市部で鉄道はどのように使われていたのか?

渡邉 : 昭和初期の小説で有名な鉄道の描写というと、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の川端康成『雪国』がまず思い浮かびます。

上野山 : 戦前というと、私は関西にいるので谷崎潤一郎『細雪』に出てくる鉄道が興味深かったです。大阪・船場の旧家の四姉妹の話で、しばしば阪急電車が出てきます。

中村 : 賢治の世界から一転、都市の物語ですね。

豊田 : 読んだ時、あまり鉄道の印象はありませんでした。

上野山 : 『細雪』は昭和11~16年(1936~41)の阪神エリアの高級住宅地が主な舞 台で、鉄道についての描写が多いわけではないですが、特に印象的なシーンがあります。「阪急御影の桑山邸にレオ・シロタ氏を聴く小さな集りがあって」、長女をのぞいた幸子・雪子・妙子の3人が招待され芦屋川駅から電車に乗るシーンです。

吉野 : その情報だけですでに華やかですね。

上野山 : 音楽会で着飾っている3人の美しさに皆が振り返るような中で、「日曜の午後のことなので、神戸行の電車の中はガランとしていたが、姉妹の順に三人が並んで席に就いた時、雪子は自分の真向うに腰かけている中学生が、含羞(はにか)みながら俯向(うつむ)いた途端に、見る見る顔を真っ赧(か)にして燃えるように上気して行くのに心づいた」と。

中村 : その時代のいいところのお嬢さんが、お出かけに鉄道を使っているっていうことですよね。

上野山 : 近場は運転手が運転する車だけど、京阪神間の移動は鉄道のようですね。 京都に花見に行くのも鉄道でした。

阪急芦屋川駅近くにある『細雪』文学碑。題字は谷崎の妻・松子夫人の筆によるもの。『細雪』の次女・幸子は松子夫人がモデルといわれている。
阪急芦屋川駅近くにある『細雪』文学碑。題字は谷崎の妻・松子夫人の筆によるもの。『細雪』の次女・幸子は松子夫人がモデルといわれている。

太宰治『人間失格』と鉄道へのイメージ

明治42年(1909)に津軽に生まれ、昭和5年(1930)に上京、昭和23年(1948)に玉川上水で入水心中した太宰治。その作品の中に、太宰がとらえた鉄道を見ていきます。

渡邉 : 太宰といえば、津軽鉄道のイメージが強いですが……?

豊田 : 『人間失格』に、結構鉄道が出てくるんですよ。具体的にどこの鉄道、というわけではないんですけど。

上野山 : そうでしたっけ!?

豊田 : 『人間失格』は「第一の手記」冒頭の「恥の多い生涯を送って来ました」が一番有名だと思うのですが、実はその後すぐに出てきます。「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました」。

渡邉 : 本当だ。続いて地下鉄のことも書いていますね。「自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました」。

中村 : 面白いですね。「人間の生活というもの」の例の筆頭が鉄道ということですか。

渡邉 : 以前、中村さんの地元の北海道ではあまり鉄道が身近な存在じゃなかったって言ってましたね。

中村 : そうですね。鉄道が日常の中に入ってきたのは上京してからで、「人間の生活というもの」の象徴とまではいきませんが、鉄道は東京の象徴っていう感じです。

鉄道が「悲劇名詞」であることについて

豊田 : もう一つ、主人公と友達が「これはトラだ」「これはコメだ」って、「喜劇名詞、悲劇名詞の当てっこ」をする場面があるんですけど。

吉野 : 「トラジディ」と「コメディ」ですね。

豊田 : そうです、「名詞には、(中略)喜劇名詞、悲劇名詞の区別があって然るべきだ、たとえば、汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも喜劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん」と。

渡邉 : ここでも鉄道が例えの筆頭に挙がってくるわけですね。

上野山 : 思ったより鉄道が出てくる上に、鉄道に対する屈折した何かがありますね。

中村 : 悲劇というか、物語の中の鉄道って、出会いの描写より別れの描写が圧倒的に多い気はしますよね。あるいは、遺書を受け取って列車に乗り込む『こころ』みたいに、何か緊急の用事で乗るという描写が多いような。

上野山 : 悲劇というと、谷崎潤一郎が『恐怖』という作品で書いている「鉄道病」も思い出しました。

吉野 : ミステリーも、飛行機やバスより、やっぱり鉄道なんですよね。

豊田 : ミステリーで他にあるとすると、船ですかね? あ、両方とも悲劇名詞ですね……。

上野山 : 鉄道はダイヤがあるからトリックが作りやすいのかな。『点と線』みたいに。

渡邉 : 人の出入りが多くて不特定多数の乗客がいることや、他の乗り物より利用したことがある人が多いであろう、というのも舞台にしやすい理由かもしれませんね。

豊田 : 『銀河鉄道の夜』の功罪かもしれませんが、「どこかへ連れ去る乗り物」としても使われがちな気がします。普段使っている乗り物が「悲劇」なのはなんだか複雑な気分ですが……(笑)。

 

昭和編(2)につづく……

“鉄道小説”と聞いて、どんな作品を思い浮かべますか? そもそも、鉄道はこれまで、小説の中でどのように描かれてきたのでしょうか。「鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト」事務局のメンバーが、明治~昭和の「多くの人に読まれているはずの小説」を、鉄道に注目して読んでみました。今回は、明治・大正編、昭和編(1)に続く昭和編の第2弾です。
“鉄道小説”と聞いて、どんな作品を思い浮かべますか? そもそも、鉄道はこれまで、小説の中でどのように描かれてきたのでしょうか。「鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト」事務局のメンバーが、明治~昭和の「多くの人に読まれているはずの小説」を、鉄道に注目して読んでみました。

出典一覧

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」「シグナルとシグナレス」 『新編 銀河鉄道の夜』(新潮文庫、1989年)
川端康成『雪国』(新潮文庫、2006年改版)
谷崎潤一郎『細雪(上)』(新潮文庫、2011年改版)
太宰治「人間失格」 『人間失格 グッド・バイ 他一篇』(岩波文庫、1998年)

てつぶん
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