笑顔を乗せて、ゆるゆるガタゴト
毎日、父の顔がある車両を見られるのがうれしいんですよ」。2014年にスタートした都電落語会を運営する笠井咲(えみ)さんが笑顔になる。その車両は、都電沿線の地域活性化事業の一環として採用された、落語とのコラボ車両「都電落語会号」。
都電落語会とは、笠井さんの父である故・林家こん平さんのお宅が大塚駅前停留場の近所で、都電は日常風景として接していた存在だったので、「都電の中でなにかやりたい!」という思いから生まれた企画だという。
「基本は毎月1回、都電に揺られて落語を楽しんでもらうんです。今まで、(三代目)三遊亭小遊三師匠、(六代目)三遊亭円楽師匠、春風亭昇太師匠ら、『笑点』でご一緒していた方々が高座に上がってくれました」。
沿線風景や適度な揺れも特別感を演出する。
「沿線商店街のイベントの一環として走ることも多いですよ」
父親の高座復帰という強い思いが後押しに
子供のころから毎日都電を見てはいても、乗ることは少なかった咲さん。落語にも関心が薄く、『笑点』の楽屋に差し入れを持って行く程度だった。しかしこん平さんが病に倒れてから、徐々に気持ちが傾いていく。
「寄席にも出られなくなった父に、どうしても高座に立てる場面を作りたかったんです。そこで、あっそうか、私がプロデュースすればいいんだと思いました」。
そして遂にこん平さんは、高座に復帰する。都電落語会には必ず同乗し、時には高座に上がった。
「最初は車椅子だったのが、歩いて乗車できるようになって、症状が快方に向かっていったんです!」。
子供のころは、多忙な父親とは都電に乗ったことがなかったが、都電落語会ができて初めて一緒に乗れたという。
「最後の最後まで一緒に乗ってくれました」。
視覚障害者向けの落語会も企画
都電落語会の醍醐味は、次々変わっていく街の風景と、コンパクトな空間で共有する落語の臨場感。
「車内の設営も変わりましたね。オリジナルヘッドマークの制作・掲出は、私たちが最初だと思いますよ。客席と高座は一方向なので、折り返し地点から、お客さんは後ろ向きに進むんです。それがまた面白くて、遊園地のアトラクションみたいな感覚になるんです」。
父の乗車を通じて、障害を持った方への心配りを勉強し、視覚障害者向けの落語会も企画した。
「ここは実証の場でもあるので、運営しなから学習しています」。コロナ禍以前には子供向けバージョンも企画し、大入り満員の大盛況。過去には、外国人を対象にした英語落語も開催。
「父の顔も描かれていますしね。都電落語会を続けることが使命と頑張っています」。
多彩なラッピング車両が行き交う荒川線の中で、都電落語会号に出会うと、ちょっと得した気分になる。そこに元気いっぱいのこん平さんの笑顔を見つけると、「ポワ〜〜ン」という警笛音が、こん平さんの定番あいさつだった「チャラ〜〜ン!」ならいいのにって、いつも思うのだ。
都電落語会
2022年もコロナ禍のため、不定期運行中(ラッピング車両は毎日運行)。現在開催が決定しているのは、8月22日(月)13:00~。問い合わせ:EMIプランニング ☎0120-118-731
取材・文=高野ひろし 撮影=米屋こうじ 写真提供=EMIプランニング
『散歩の達人』2022年5月号より