永遠に歳を取ることをやめてしまったロックスター

1992年4月25日(母親の誕生日だった)。そのときのことは克明に覚えている。実家のとんかつ屋でバイトをしていた。つけっ放しのテレビは夕方のニュースを流していた。馴染みの客のお兄さんが呆気に取られた顔をしている。どうしたんですかと訊ねると、「尾崎豊が死んだそうですよ」と答えた。テレビの小さな画面に釘づけになった。典型的な表現で恐縮だが、時間が止まったように感じた。

その夜、生前の尾崎にインタビューをしたことがある筑紫哲也が「ニュース23」で、「正直なところ、私は(尾崎豊の急逝を)驚きませんでした」と、淡々と語った。同感だった。

毎日聴いていたTBSラジオ「サーフ&スノー」は、DJの松宮一彦が「明るく送り出してあげましょう」と、1時間の生放送をすべて尾崎の曲をかけた。この番組がどれだけ素晴らしかったか語りだすと止まらない。そして松宮一彦もこの7年後、悲しい別れを告げる。

次の日から尾崎の死はワイドショーで消費され、彼のアルバムが軒並みチャートの上位に返り咲いた。

尾崎が死んだからといって僕は泣くことなどなかった。ただ悔しかった。尾崎が若く死んだことで、彼の歌がすべて正しいことになってしまうからだ。

同時に不思議な感慨を覚えた。ジミヘン、ジャニス、ジム・モリソンのように、伝説のロックミュージシャンの夭折とは、自分が生まれる前の、歴史上の出来事だと思っていたからだ。

この2年後に、カート・コバーンが27歳の若さで自分の頭を撃つ。昭和天皇の崩御やベルリン東西の壁崩壊という教科書に載る事件よりも、ふたりの死のほうが、自分は現在進行形の「歴史」を生きていると感じた。

尾崎の死後、フジテレビ全盛期の月9ドラマ『この世の果て』(野島伸司脚本、豊川悦司がブレイクした作品)の主題歌に「OH MY LITTLEGIRL」が使われたり、生前のライブ映像のコンサートが各地で頻繁に行われたり、彼の死が自殺説や他殺説でメディアで取り上げられたり(「フライデー」には病院で救命措置中の惨たらしい写真が載り、「文藝春秋」には「先立つ不幸をお許し下さい」と誤字がある遺書が公開された)、トリビュートアルバムがリリースされたりと、神話になって永遠に語り継がれるのかと思いきや、以前より伝説は陰りを見せて、廃れていった。

極め付けは2012 年の成人の日に、尾崎を俎上に載せた朝日新聞の社説だ。失笑を禁じ得なかった。無論、尾崎に罪はない。

社会人になって10年近くが経過し、自分の中で尾崎を葬ったと思っていた頃、担当していた芥川賞作家とカラオケに行った。彼女は僕に尾崎をリクエストした。尾崎なんて歌ったことがないのにことごとく歌えた。しかも自分で言うのも何だがわりと上手く、エモを込めて。あんなに否定していたのに尾崎のDNA が刷り込まれていたようだ。

いつも熱量だけで勝負しているエッセイなのにぬるい内容ですいません。白状すると尾崎豊を語る困難さを今さらながら知りました。永遠に歳を取ることをやめてしまったロックスターを美化せずに話す難しさ。

尾崎豊を演じていた尾崎豊を今思う

2018年のある日、大槻ケンヂがラジオで、「ぼく尾崎豊くんと同い年なんです。彼が生きていれば今年53歳なんですけど想像がつかないですね」と語っていて衝撃を受けた。尾崎豊は26歳で逝き、それから26年が経った。その事実にどうしても驚愕せざるを得ない。

尾崎が生き延びていたら今頃どうなっていたか。髪に白いものが目立ち、ぶくぶく太って顔も丸くなり、深夜のバラエティ番組で芸人に、「この人むかしはカッコ良かったんですよー」とツッコまれていただろうか。

「大阪でライブが終わった後、深夜3時にマネージャーに『今すぐたこ焼き買ってこい!』って命令した話は本当ですか?! 」

「見城徹さんが言ってましたけど、角川書店の編集部に来て机の上に乗って『おまえらの給料のために働いているのかと思うと頭にくる!』って暴れたエピソードは?」

「ダイヤモンド✡ユカイさんの自伝に、尾崎さんが『ユカイさん、女のケツを3つ並べたことがありますか?』って訊いた話は?」

「斉藤由貴さんに応援ソングを作りましょうよ!」

尾崎はアゴの下の肉をたぷたぷさせて笑う。突き出た腹で「15の夜」や「セブンティーン・マップ」を熱唱する。―― やっぱり想像つかない。

尾崎豊は尾崎豊を演じていた。勝新太郎、高倉健、長嶋茂雄といったスーパースターが、求められるヒーロー像を演じていくうち、総じて自分が無くなっていくように。

あるスタッフが言うには、生前尾崎は「こうやると尾崎っぽくないですか?」などと客観的に分析しながら作品を手がけていたという。尾崎豊は尾崎豊のイメージに殉死した。若者の代弁者も、ドラッグで捕まることも、早すぎる死も、言葉は悪いけど、尾崎の過剰なまでのサービス精神だったと思う。

今回久し振りに尾崎豊を聴き返して、生きている間はあんなに気恥ずかしくて否定していたのに、ほぼ全曲口ずさめた。尾崎は稀代の天才シンガーソングライターだった。

尾崎豊が生き延びていたら――若死にしてれば伝説になっていたのに――と、こちらに皮肉屋を気取らせてほしかった。手っ取り早いレジェンドになるより、生きていてくれたら良かった。虫がいい話だとわかってはいるけれど。

文=樋口毅宏 イラスト=サカモトトシカズ
『散歩の達人』2018年7月号より