異国から江戸の味へ。四半世紀にわたってそばを打つ

店主のチョウドリ・エムディ・レザウル・カリムさん。屋上は、広い空を見晴らせる憩いのスペース。
店主のチョウドリ・エムディ・レザウル・カリムさん。屋上は、広い空を見晴らせる憩いのスペース。

1990年に経済学を学ぶ留学生として来日。人生を変えたのは、教授に連れられていったそば店だ。初めてのそばに「こんなにもシンプルな料理があるの?」と驚いた。教授が語る伝統や効能に惹かれ、奥深さにのめり込んでいった。

次第に、「自分で打ちたい」という思いが芽生える。みんなに「無理だよ」と言われるほどに燃えた。和食店でのアルバイトで、レシピではなく、舌と感覚で計る出汁のとり方を体得。「社員にならないか」と誘われるまでになった。そば打ちは、外国人には難しいと門前払いされることもあったが、石臼挽きから打ち方まで学べる製粉会社にたどり着き、修業を重ねた。

「挽きたて」「打ちたて」「ゆでたて」の“三たて”を実践する盛り980円は納得の味わい。ソバ粉10に対して1のつなぎを加える外一で打つ。つまみの一番人気、葱穴子1100円。
「挽きたて」「打ちたて」「ゆでたて」の“三たて”を実践する盛り980円は納得の味わい。ソバ粉10に対して1のつなぎを加える外一で打つ。つまみの一番人気、葱穴子1100円。

2002年、いよいよ店を構える。場所は逗子。友人が住んでいたことから訪れてみて、都心とはまるで違う海も山もある風景と、地元の人たちののんびりとした気質に惹かれた。駅から離れていた立地に周囲は反対したが、「おいしければ人は来る」と決意は揺るがなかった。

開業時、厨房のチョウドリさんの姿に戸惑い、「間違えました!」と出ていく客もいた。でも、そばを手繰れば印象は覆る。半年後には常連でにぎわう店になっていた。

「支えてくれたのは、逗子の人々の温かさです。自分のビルを建てる時や苦境に立たされた際、常連の方々に思いがけない支援をいただきました。この街の人は、ちゃんと見てくれているのです」

2019年にビルを建てて移転。
2019年にビルを建てて移転。
自国から取り寄せるスパイスをふんだんに使うカレーうどん880円のファンも多い。
自国から取り寄せるスパイスをふんだんに使うカレーうどん880円のファンも多い。

ソバは毎朝石臼で挽き、気温や湿度で水分量を調整して打つ。出汁は2日半かけて引き、まろやかなカエシと合わせる。異国の出身であることは、壁ではない。日本の伝統食に真正面から向き合う覚悟の証だ。

「大事なのはお客さまの気持ち」とチョウドリさんは語る。一枚のそばに、逗子という土地に根を下ろし、国境を超えて「本格」に誠実に向き合い続ける職人の魂が宿る。

住所:神奈川県逗子市山の根1-1-31/営業時間:11;00~21:30LO/定休日:月/アクセス:JR横須賀線逗子駅より徒歩1分

取材・文=沼 由美子 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2026年6月号より