故郷の味を海鮮でアレンジした『凛凛』流スープ入り焼きそば
赤羽の西口にあった「ボウル国際興業」のボーリング場レストランで開業して10年、その後は西口の弁天通りで18年営業し、東口のこの店に移転してから3年。『中華 凛凛』は、赤羽で30年以上、地元の皆さんに愛されてきた。
お馴染みの中華メニューのなかに、ひと際目立つオススメが「スープ入り焼きそば」。なぜ、那須塩原のご当地麺が一押しなのか、店主の渡邊さんに伺ってみると「栃木県の塩原温泉出身で、子どもの頃から慣れ親しんだ味」だとか。
そもそもスープ入り焼きそばは、塩原温泉の『釜彦』という食堂で、60年ほど前に生まれたB級グルメ。赤羽で独立した時に「故郷の味を東京の人にも食べてもらいたい」と、メニュー入りした。
塩原温泉にはもう一軒、スープ入り焼きそばの名店がある。『こばや食堂』だ。渡邊さんが再現したスープ入り焼きそばは、この二軒から踏襲しつつ新しいアイデアで仕上げた。
『釜彦』は、鶏肉にキャベツなどの野菜を特注の縮れ麺と炒めた焼きそばを丼に盛り、上から鶏ガラと野菜で出汁をとった醤油スープをかけたもの。一方、『こばや食堂』は、鶏ガラベースのあっさり醬油スープを丼に注いでから、豚肉とキャベツと一緒にラーメン用ストレート麺を炒めた焼きそばを入れたもの。
『凛凛』は、具は豚肉とイカやエビなどの海鮮と野菜。茹でたラーメンのストレート麺を具と合わせて炒めてソースを絡めた焼きそばを、醤油スープを張った丼に投入。たっぷりの具でボリューム満点のスープ入り焼きそばが生まれた。
味の変化を楽しむ、それがスープ入り焼きそばの醍醐味
スープ入り焼きそばを受け取ると、渡辺さんから「まずスープを飲んでいただいて、そのあと麺を食べてください。そうすると味がどんどん変化していきますので」とお声がけ。
純粋なラーメンスープのすっきりした味、ソースをまとった麺の味、徐々に麺をスープに馴染ませていくと、麺からソースが溶け出し、少し濁った醤油ソース味へと変化する。
「先にスープと麺を混ぜてしまうと、このスープ入り焼きそばの魅力が半減するので」と言うように、確かにご指南通りに食べたほうが、次々に変わっていく味がわかりやすい。
もともと混ぜない派の私。混ぜてない奥の方のスープと手前の混ぜたスープの飲み比べが、あとあとまで楽しめるのでオススメしておこう。十数年前、佐賀のちゃんぽんにはソースをかけるって聞いてカルチャーショックだったが、そうかそうか。今回のことでアリだと思った。
「ちょっと経験したことのない味でしょう? まさか普通の醤油ラーメンに、ソースを入れて飲む人っていないからね~」。初めての味に驚きつつも箸が止まらない様子を見て、渡邊さんもとても嬉しそうだ。
テレビや雑誌で取り上げられたのを見たり、『釜彦』や『こばや食堂』で食べた人が調べて来てくれたり、スープ入り焼きそばを求めて遠方から足を運ぶ人も多い。
高齢の常連さんにも出前でお届け。弁当の宅配も始めました!
『凛凛』で使っている麺はこの1種類。スープ入り焼きそばはもとより、ラーメンも焼きそばも、すべての麺メニューに共通でフタバフーズのストレート中麺を使う。いくつかの麺を試して、出前でも伸びにくくコシがあるこの麺を選んだそう。
麺の話から出前と聞いてびっくり! わずか5席のお店とはいえ、出前まで対応しているという。電話注文が入ると女将の末子さんが3輪バイクで配達にいく。そうすると店主ワンオペとなるわけだが、これは大変そうだ。西口の頃から出前はしていたが、その頃は息子さんと3人体制。
「移転するときに息子が独立して夫婦二人だけになったので、メニューを減らして出前も続けてます。というのも、古くからのお客さんはもうお年で」と、渡邊さん。移転して店が遠くなり、通いづらくなった高齢の常連さんにとっては本当にうれしいことだろう。
さらに年明けからお弁当も始めたとか。席数の問題もあるが、コロナ禍で店内飲食に躊躇する人も増えたからだ。
「近所の団地にもお年寄りが多いんです。足が悪くて出かけられない人もいるでしょう。だからお弁当1個からお届けしますよと、チラシを作って今日も配ってきたんですよ」。
実は、店の営業とは別に毎日デイサービスのお弁当も届けているそう。営業時間前にお弁当の仕込みも一緒にして11時半までに配達をすませればいいので、店の営業に負担がかからないという。
お弁当の配達を始めた理由はもう一つ。「安否確認のためでもあるんですよ。毎日か1週間に数回でもいいから、500円の弁当を届けて元気にしてるかいって。それを含めてお弁当やろうかってことになったんです」。
ご近所付き合いの希薄な昨今、孤独死も多くなっている。店を営業しながら社会貢献にもなると、夫婦で新しいことにも挑戦している。お客の立場からするとありがたいが、お店にとっては大変なこと。それを「お互い歳ですから(笑)」と女将さん。
最後に「1日でも長く商売ができること」と、渡邊さんの穏やかな一言が心に残った。名物のスープ入り焼きそばをまた食べにこよう。なんならラーメンと焼きそばも一緒に食べ比べたい。そしてお身体に気をつけて、いつまでも元気でいてほしい、そんな店がまた一つ増えた。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代