そして「セイヤー!セイヤー!」人生が始まった

また話戻す。長渕は『昭和』で最大ブレイク後、ヤバいキャラに拍車がかかっていく。つかこうへい脚本映画の御破産、紅白で暴走、あいだみつおの歌詞まるパク、桑田佳祐との諍い、S・Kとの不倫、大麻で逮捕……。振り返って思う。長渕のあの頃の焦燥は何だったのだろう。そしてこれ以降長渕は徐々にヒットチャートの常連から外れ、現在に至る。

で、長渕はなんであんな痩せっぽちだったのにマッチョに180度イメージ転換したと思います?  これほんとは有名な話で、とっくに知ってる人からすると「樋口、今さらだよ」と思われるけど思い切って書きますね!  話半分で聞いて下さい。長渕本人も訴えてこないように!(以下、出典は「水道橋博士の80年代伝説」より)

あのね、80年代終わりの頃、長渕が悦ちゃんを殴ったんですよ。九州男児だから。お父さんがお母さんを殴っていたのを見て育ったから。よせばいいのに。だって志穂美悦子って生粋のフィジカルエリートですよ。中高陸上部で出身の岡山県で記録持ってる人なんだから。千葉真一(このエピソードの流出源)に師事し、空手を仕込まれて黒帯、『女地獄拳』とかスタント要らずでビルの5階から飛び降りる。そんな人に対して「てめえ、女のくせしやがって!」と男尊女卑の張り手を喰らわせた。次の瞬間、悦ちゃんの回し蹴りが飛んだ。長渕失神。悦ちゃんは意識を取り戻すことのないヘタレ旦那に焦るも、119番に電話したら大騒ぎになると思い止まり、師の千葉ちゃんに電話をかけ、「先生ご無沙汰してます。家に来て診てくれる絶対口が固い医者をお願いします」。数時間後、ベッドで目を覚ます長渕。「このままでは嫁に殺される……!」(←ようやく気付いたのかよ)。それから長渕の(空手の突きをしながら)「セイヤー! セイヤー!」人生が始まった。そうなんですよ、長渕があんなに体を鍛えているのは「打倒志穂美悦子」なの!

だから歌う内容も劇的に変わった。妻の影響で作品性が変わるのは長渕だけじゃない。ジョン・レノンしかり。正直なところ、そういう人って信用できますよね。ジョンは齢40で暗殺されて晩年の活動が見られなかったけど、長渕は無事続いている。生き様そのものが作品のアーティストは全部ひっくるめて面白い。

で、シメが来たのではっきり言うけど、虚飾をすべて剝ぎ取った長渕剛が見たい。もっと情けない長渕を聴きたい。嘘くさい男らしさなんていらないよ。弱さを見せる勇気が欲しい。だってそれこそ本当の強さだから。かつてあれほど好きだった剛を取り戻してほしいと俺は思うよ。

文=樋口毅宏 イラスト=サカモトトシカズ
『散歩の達人』2020年6月号より