濃厚なビーフシチューをかけた自慢のハンバーグ
JR板橋駅と地下鉄新板橋駅の間を通る、旧中山道。その北側を並行する通りに『AIDA』は店を構える。地元のお客さんの胃袋を満たす洋食屋として2011年にオープンした。
ランチタイムはロールキャベツやビーフカレー、サーモンのムニエルといった洋食の定番メニューがそろうが、店の自慢はハンバーグだ。最もおすすめだという、ビーフシチューがけあいだハンバーグセットをいただく。
ナイフとフォークでアルミホイルをそっと開ければ、豊かな香りがふわーっと広がる。中には大ぶりのハンバーグが鎮座し、ビーフシチューがたっぷりかかっている! 食べてみると、濃厚な味わいのビーフシチューと、ふっくらと焼いたジューシーなハンバーグがとにかく合う。
ライスが食べたくなるけれど、子ども向きというわけでもなく、お酒にも合いそうなどこか大人っぽい風味。あと味も重たくない。
レシピはあの有名洋食店から。今も大事にする手作りの味
『AIDA』は老舗の洋食屋『つばめグリル』で長年一緒に働いてきた間宮夫婦が独立する形で始まった。そのためメニューとレシピの大部分は同じだそう。ビーフシチューがけあいだハンバーグは『つばめグリル』で提供するつばめ風ハンブルグステーキが原型となっている。「でもうちのビーフシチューのほうが少しさっぱりと仕上がっているかしら」と、ゆみ子さん。
ハンバーグがおいしい理由は店でひとつずつこねているから。また、シイタケの粉末を入れて少しアレンジしている。「人によって手が違うので、手ごねのコツをお伝えするのは難しい」とのこと。「丁寧に、でもこねすぎてもダメ」と絶妙な加減が必要のようだ。
トマトのファルシーサラダは湯むきしたトマトの中にサラダを詰めた一品。ランチタイムはオニオンサラダ、ディナータイムならチキンサラダが入る。新鮮な素材を使って、体にやさしいメニューをひとつひとつ店で作るのは『つばめグリル』譲りだそう。
「『つばめグリル』は人を大事にする、あたたかい会社です。独立をするときも快く送り出してくれました。社長は面倒見のいい人で、社員同士も仲が良くてね。夫も会社に愛着があって長く勤めていたんです。でもやっぱり自分の店を持ちたくなったんでしょうね。開店準備は本当に楽しそうにしていました」
ゆみ子さんは目を細める。
板橋の洋食屋に女将の奮闘あり。看板はまだまだ降ろさない
夫婦で始めた『AIDA』は順調だったが、2017年、夫の透さんが病に倒れた。ゆみ子さんは看病と育児をしながら必死で店を守ったという。
「おつまみの提供は5分、お料理は10分というのが『つばめグリル』時代からのルール。アルバイトさんにもずいぶん助けられました。けれど夫と同じようにまわすのはなかなか無理でしたね。子どもを4人も抱えていたし、夫は復帰するつもりでいるから店を閉めるわけにはいかないでしょう。あの時は本当につらくて。家の屋上に行ってね、空を見上げちゃった」
透さんと同じ味を出さないと、というプレッシャーもあった。病は突然のことで調理に関してわからないことや、うまくいかないこともあったという。そんな時はかつての仲間に電話をして教わり、なんとかしのいだ。
『AIDA』のから揚げは衣が薄くて外はパリパリ、中はしっとり。薄味なのにジューシーで鶏の自然なうま味を存分に楽しめる。「『板橋一おいしい唐揚げだけど、一番おいしいって書くと怒られるから板橋一おいしい“かも”ってメニューに書こう』なんて言っていたんです」。透さんのそんな言葉を教えてくれたゆみ子さんは少し寂しそうに笑う。
しかし『AIDA』の未来は明るい。「将来、店を継ぎたい」と末娘・來未(くるみ)さんが手を挙げたからだ。現在、來未さんは調理の専門学校に入学し『AIDA』でアルバイトをしながら料理の勉強の真っ最中。「どうにかやっていけそうです」と言う、ゆみ子さんの優しい笑顔が印象的だった。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子