ウォークやランなど、歩くことを連想させたり、ビートが効いていたりして、その気にさせるものであること。まずはこれが大事と考えました。基本的に後ろ向きな内容の曲は、ウォーキングに向きません(ただし例外あり)。ジャズは後打ちので拍を取って歩くのも面白いですね
2.BPMは100~120前後
一般的にウォーキングにふさわしいBPM(1分あたりの拍数。楽譜にあるメトロノーム記号と同様です)は110~120前後といわれています。そこに“散歩”というちょっとゆるめのアクティビティを視野に入れ込むと、まあ100を超えていればOKと考えました。
3.いい曲であること。また内容(ネタ)があること
いい曲……は、まあ当然ですよね。さらにいえば、歩きながらその曲について思うことがあるといいと思います。ちょっとした思い出なんかがあると理想的。時間はあっという間に経ってしまいます。事実私はこのリストのおかげで1時間のウォーキングがあっという間で、全く苦になりません。
この3条件のうち基本的にはすべて、最低でも2つ以上当てはまらないとプレイリストには入れません。またBPMがかけ離れているものは泣く泣く除外とさせていただきました。
ソング・フォー・マイ・ファーザー(ホレス・シルバー『ソング・フォー・マイ・ファーザー』1965年)
あまりにも有名な曲ですが、理由がありました
あまりにも有名すぎる曲です。札幌すすきので、満員御礼となるほど人気のジャズ喫茶『ボッサ』店主・高橋久さんのおすすめということで襟を正して聴き直してみたら耳から鱗! 渋いイントロ、ファンキーな主題、クレバーなピアノとテナーソロ、効果的な執拗低音、どこをとってもニュアンスに富んだ、何度聴いても飽きのこない演奏でした(とくにジョー・ヘンダーソンのソロといったら!)。高橋さんは300回以上もコンサートを主宰してきたプロモーターでもあり、実物のホレス・シルヴァーにも会っています。「握手してもらったとき、さぞ指とか硬くてゴツゴツしてるんだろうと思ったら、すごくやわらかく、指が長くて驚いた」。
BPM=126。やや速めですが、低音ビートが効いていて、ウォーキング的にも完璧。このページの一番上にあるジャケットは高橋さん所蔵でシルヴァーのサイン入り。写っているのはシルヴァーのお父さん。そっくりです。
こちらは同曲のスタジオライブ。確かにシルヴァーの指は柔らかそうです。でも汗かきすぎ。
ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト(ハリー・ジェイムズ『イン・ハイ・ファイ』1955年)
ジャズ喫茶『ベイシー 』おすすめ! 50年以上前の超優秀録音
映画『ジャズ喫茶ベイシー 』が公開され、今をときめく一関『ベイシー 』(P.34)店主・菅原正二さんおすすめの一枚。『日本ジャズ地図』取材陣も「一番音が良かったのは、『ベイシー 』で聴いたこのレコードだった」と証言しています。発売は1955年、折しもレコードがSP盤からLP盤に切り替わる頃で、キャピタルレコードが行った有名ミュージシャンを最新の録音技術で制作するシリーズの一枚。バランスがよく、隅々まで音が見通し効き、今聴いても全く古さを感じません。ギターソロ→強力なホーンセクション→女性ボーカルと続くリレーがとってもスムーズ。こういう現実世界ではあり得ない音響バランスこそ、レコードおよびそれを再現するジャズ喫茶の醍醐味といえるでしょう。菅原さんの「日々全力でレコードをかけてます」という言葉を噛み締めながらどうぞ。
BPM=116。作曲者にはハリー・ジェイムズの他、デューク・エリントンの名前も並んでいます。いわゆるスイング形式です。
現在公開中の映画『ジャズ喫茶ベイシー』予告編。
ジャズ・クライムス(ジョシュア・レッドマン『エラスティック』2002年)
現代のジャズの地平を切り拓いている異才
香川県高松市にあるジャズ喫茶『アップタウン』(P.177)の店主におすすめを聞くと「一枚は無理。ジョシュア・レッドマンの全部」との回答。プレイリスト中、唯一の2000年代の録音となりました。1993年にデビュー、往年の名プレイヤー、デューイ・レッドマンを父に持ち、2枚目でパット・メセニーと共演、その後もブラッド・メルドー、クリスチャン・マクブライド、ブライアン・ブレイドと言った人気プレイヤーたちとともに、現代ジャズの新地平を模索してきたサキソフォニスト。引き出しが多いのも特徴で、“わかるのもあるけどよくわからんのも多い”人です(すんません)。しかし『エラスティック』はかなりわかりやすく敷居の低い作品。特にこの曲は、音楽理論の粋を集めたような頭でっかちの主題前半と、それと対をなすようなわかりやすい後半、そしてめちゃくちゃにかっこいいキーボード+サックスソロという構成。ジャケット以外は文句なしです。
BPM=114。主題前半は複雑怪奇なビートですが、何度か聴いてるうちにきっと慣れてきます。「エラスティック」は弾力ということでこのジャケット。秋ですしね。
同曲のライブバージョン。熱いです。
ドローイング・ルーム・ブルース(ジョー・ヘンダーソン『ラッシュ・ライフ』1992年)
とぼけたジョーヘン節をとことん
「ソング・フォー・マイ・ファーザー」のテナーがあまりにもいいので、ジョー・ヘンダーソン名義のレコードも入れておきましょう。『ラッシュ・ライフ』は全曲ビリー・ストレイホーンの曲を取り上げた91年の作品。どこを切っても、とぼけた味わいが楽しめる、いかにもジョー・ヘンといったテイストの一枚。最初から終わりまで、いつ曲が止まってもおかしくないような、たんたんとした雰囲気が特徴です。当時話題だった新伝承派ウィントン・マルサリスも参加していますが、むしろ肩の力の抜けたこういう曲の方がいいと思います。このレコードを勧めてくれたのは新潟のジャズ喫茶『スワン』(P.64)の和田孝夫さん。「最近亡くなった常連の置き土産」なんだそうです。
BPM=118。ジョーヘン節炸裂の7分間。一歩一歩踏み締めるように。
ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ(ノーマン・シモンズ『アイム……ザ・ブルース』1981年)
年をとってわかるもの
『日本ジャズ地図』に出てきた店で、個人的に最も心惹かれたビジュアルは和歌山県串本町の『イワシの目』(P.154)です。店主の桝本安裕さんが2013年に自宅の酒屋の倉庫を自ら改造し開店。セルフビルド感あふれる店は古座川河口部にあり「ここはいわばマンハッタン。だから目の前の川はハドソン川なわけね」とのこと。一度はお邪魔して、海風に乗ったグルーヴに触れたいと思います。そんな枡本さんのおすすめはノーマン・シモンズの『I’m …the Blues』。ノーマン・シモンズ……ご存じでしょうか?カーメン・マクレエ、アニタ・オディ、サラ・ヴォーンと言った大物ヴォーカリストの伴奏者として名を成した職人的ピアニストです。職人それだけに、自身の名義盤はけっこう地味で、一度聴いただけではよくわからないけれど何度も聴いていると少しずつ良さがわかってくるタイプのものです。桝本さんにとってジャズとは「芸と一緒で死ぬまで一生聴き続ける」ものだそう。年をとってからわかるものがあった方がいいのです。
BPM=116。いかにも歌判職人のまったり演奏。スルメ系です。
マイ・ベイビー・ジャスト・ケアズ・フォー・ミー(ニーナ・シモン『リトル・ガール・ブルー』1959年)
この聴き覚え感はどこから?
ニーナ・シモンのデビュー作『リトル・ガール・イン・ブルー』をすすめるのは千葉の『キャンディ』(P.98)の女性店主・林美葉子さん。「50~60年代をルーツにしつつ、個性を持ってる人が好きですね」とのこと。このクラシックの英才教育を受けた天才少女の恐るべきデビュー盤に慄いてください。そして、ドキュメンタリー映画『ニーナ・シモン〜魂の歌』を観て、一人の女性の壮絶な人生に打ちひしがれてください。
で、さて。
このアルバム全曲のBPMを調べた結果、ウォーキング的にぴったしなのは「マイ・ベイビー・ジャスト・ケアズ・フォー・ミー」と判明しました。しかしこの曲、どこかで聴いた気がするんですが、どこで聴いたのか思い出せません。私は十代のころからスノッブな音楽好きだったので、きっとFM番組で聴いた記憶が引っかかっているに違いありません。「渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」、 虫明亜呂無(台本)の「クロスオーバー・イレブン」、 平日夕方の2時間「軽音楽をあなたに」、児山紀芳の「ジャズ・トゥナイト」……? うーん、思い出せん……と、居間でリピートで聴きながら自問自答していたところ、買い物から帰ってきた妻いわく、
「お! ピタゴラスイッチじゃん」
そうなのか?
BPM=118。軽快です。途中のピアノソロは単純ですが存在感抜群!
1976年のモントレーフェスティバルのライブ。ドスの効いたジャニス・イアンの「スターズ」は素晴らしいが、客を叱る場面に戦慄を覚える人も多いはず。上記ドキュメンタリーでも見られます。
ベアトリス(サム・リヴァース『フーシャ・スイング・ソング』1965年)
フリー転向前夜のバラード
「現在進行形の表現者たちに活力を与えるのがジャズであり、毎日かけるレコードの3分の1を占めるのはフリージャズ」と硬派な白山『映画館』(P.80)の吉田昌弘さん。ここで取材陣が聴かせてもらったレコードは、白石かずこ詩の朗読、サム・リヴァースがテナーを吹く「コルトレーンに捧ぐ」でしたが、いわば精神性を高めるレコードなのでウォーキングに向きません。ここでは同じくサム・リヴァースの初リーダー盤『フーシャ・スイング・ソング』を聴きましょう。サム・リヴァースは、ウェイン・ショーターやジョー・ヘンダーソン同様マイルスコンボ出身の新主流派の一人として注目されますが、ほどなくフリーに傾倒してメインストリームから消えた幻のプレイヤー。「ベアトリス」は当時の奥さんの名前で、ジョーヘンやスタン・ゲッツも取り上げている美しいバラードです。いかにもブルーノートらしい丁寧な音作りも楽しめます。
BPM=124。美しいバラードですが、ちょっと速め。
「私は釈尊のようにこの年に座り~」から始まる「コルトレーンに捧ぐ」。もはやフリーどころの騒ぎじゃありません。
ビヨンド・ザ・フリンジ(ダドリー・ムーア・トリオ『ビヨンド・ザ・フリンジ』1962年)
あの喜劇俳優はピアニストでした
「ジャズのレコードのジャケットって、どれもデザインとタイポグラフィーがいい」と大阪府豊中の『チッポグラフィカ』(P.133)の店主・山崎雄康さんは言います。その山崎さんのおすすめはダドリー・ムーア・トリオ……でしたが、すいません。私はこの名前がピンときませんでした。映画『ミスター・アーサー』の主役と聞いて「あ〜あの!」という次第です。1935年生まれのイギリス人。1960年代に喜劇『Beyond The Fringe』(モンティ・パイソンの先駆けともいわれるそう)の俳優兼音楽担当で注目を浴びます。喜劇俳優としてもピアニストとしても一流だったムーアは、ハリウッドに進出。『ミスター・アーサー』でブレイクして映画にレコードにと大活躍を演じますが、脳に障害を患い仕事ができなくなってしまい、世間からも忘れられて2002年没。晩年はやや悲劇的ですが、遺された音源は全く暗さを感じさせないハイセンスでユーモラスなものばかり。人生そのものがジャズです。
BPM=122。洒脱という形容がピッタリ。
1981年の映画『ミスター・アーサー』のテーマを、クリス・クリストファークロスとムーアの共演で。
ニカの夢(エド・ビッカート・トリオ『アウト・オブ・ザ・パスト』1976年)
いぶし銀のカナダ人ギタリスト
鳥取県米子にある、白亜の店『cafe 遠音』(P.160 )はレコードの枚数を誇るのが普通のジャズ喫茶の対極にある断捨離志向のお店。マスター瀬尾尚史さんは「棚の飾りになっているレコードはどんどん処分して、即戦力のレコードのみを揃えていきたい」と語ります。そんな瀬尾さんが、くつろげる音楽として挙げたのはカナダの知る人ぞ知るギタリスト、エド・ピッカートの『サード・フロアー・リチャード』。エドについては、このサイトが実に詳細に熱く紹介してくれています。プロのギタリストが聴いても何をやっているのかわからないほどのテクニシャンなんですね。80年代にスコット・ハミルトン(ts)、ウォーレン・バッチェ(cor)とともにローズマリー・クルーニーの伴奏を務めた録音も素晴らしい。2019年没。『サード・フロアー・リチャード』は残念ながらサブスクにないので、ホレス・シルバーが作ったこの曲を。原曲に比べてさりげない、しかし細部までニュアンスさが伝わってくる好演です。
BPM=106。やや遅め。ビートはあくまでさりげなく。
ラッシュ・ライフ(ジョン・コルトレーン『ラッシュ・ライフ』1961年)
ノンビブラートな14分
高田馬場の老舗ジャズバー『イントロ』(P.94)の名物は週に数度行われるジャムセッション。酸欠になりそうな満員の店内で老若男女がジャズに講じる様子は、海外の観光案内にも載るほどの名物です。オーナー茂串邦明さんの初心者へのおすすめはまず「ジョン・コルトレーンの『至上の愛』とビリーホリディのコモドア盤。何度も聴くうちうちにジャズの本質がわかる」と言います。よく流す盤も『ラッシュ・ライフ』『ライブ・アット・バードランド』『マイフェバリット・シングス』とコルトレーン三昧。ビリー・ストレイホーンの名曲「ラッシュ・ライフ」は、作曲家本人のバージョン、コルトレーンとジョニー・ハートマン(Vo)とのデュオはじめ名演に事欠きませんが、このバージョンは得意のノンビブラート奏法がほとばしる大名演。至上のストイックぶりを堪能しましょう。
BPM=114。こころを空っぽにして歩きましょう。
ジョニー・ハートマン(Vo)とのデュオバージョンは5分30秒ほど。コルトレーン初心者はこっちの方が聴きやすいかもしれません。
ということで全10曲!
いやはや遅くなりました。選曲自体はひと月前には終わっていたんですが、あまり知らない曲やミュージシャンが多く、調べたり深く聴き始めて深みにはまり、なかなか書き進められなかったといのが本当の理由です。
今や私のウォーキングの必需品となったアフターショックスの「オープンムーブ」9090円。周囲の音もちゃんと拾えるので、安全性はほぼパーフェクト! 音質もまずまずでウォーキングに超おすすめ。今や私は通勤時もジムもこれで通しており手放せなくなってます(写真は娘)。
そうそう、いまならアフターショックス最新骨伝導ヘッドセット「OpenComm」のクラウドファンディングを実施しているみたいですよ(2020年11月末まで)。
今朝のニュースで青森の酸ヶ湯温泉で積雪40センチとのこと。冬バージョンもすぐに取り掛からねばなりませんね。頑張ります。来年早々ぐらいには。
では皆さん、どうぞお元気で。特に今年はあったかくして、風邪を召さぬよう気をつけて歩いてください。
We Are Born To Walk!
文=武田憲人(さんたつ編集長)
取材協力=常田 薫(日本ジャズ地図ライター)、谷川真紀子(『日本ジャズ地図』カメラマン)
協力=フォーカルポイント