高い高低差を降りた先に並ぶ赤錆びた船
世界第4位の広さを誇った内陸の塩湖アラル海は、ソ連時代に乾燥地帯の農地化事業によって灌漑用水が引かれ、極端な水不足に陥ったために干上がり、20世紀最大の環境破壊と言われています。
干上がった湖底には漁船が遺棄されて転がり、環境破壊の象徴として遺構の状態で保存されています。前編ではその「船の墓場」までの道中と、全景を紹介しました。後編では船に近づいてみます。時間が許す限り、遺構の船を全種類撮影したので、エピソードは少なめにして、写真を多く紹介します。
展望台で見渡すかつての海原は、ただただ砂漠が広がっています。巨大な塩湖は海と称するほどの広さで、青い海が広がっていた一面はいま、荒涼とした砂漠地帯です。その姿は「アラルクム」とも呼ばれる砂漠となり、塩湖であったために砂漠の砂には塩分が含まれ、白い砂漠となっています。
展望台から湖底だった砂漠へと階段で降ります。前編で触れましたが、高低差は30mほどもあって、アラル海の水深はそこそこあったのではと推察できます。湖底へと立った途端、地面の感触に違和感がありました。砂浜と同じ感覚なのです。
よく地面を見ると砂浜の状態と似ていて、なるほど砂漠と呼ばれるのも納得です。ただし、砂漠にはイメージしにくい貝殻が無数に埋没していました。ここが湖底であったことを示す貝殻です。
階段の先には船がずらっと並び、それらを囲うようにして遊歩道が整備されていました。遊歩道といっても石畳が半分砂に埋もれ、砂嵐の影響かなと思います。アラル海の砂漠化は砂嵐の被害も深刻で、近隣諸国にも砂嵐による健康被害が及び、漁師町だったモイナクも砂の被害に悩まされています。急激な自然環境の変化は我々の生活に深刻な被害をもたらし、目の前の砂漠の湖底は、近年の急速な気候変動による自然災害と重なって見えてきてしまいました。
離れた位置に遺棄されている3隻の船
船の墓場の集団から少し離れた場所へと歩いていきます。太陽がジリジリと照り付け、白い砂漠と呼ばれるのに相応しいほど、地面の照り返しも白くて眩しいです。濃いめのサングラスと厚手の長袖ではないと、疲労困憊となってしまいます。
トレッキングシューズの中は砂まみれとなり、太陽に向かって歩くこと数分、3隻の船に出会いました。後から衛生地図でチェックしたところ、展望台に通じる道路から降りてきた方が楽かもしれません。
低木と砂丘に阻まれて何も見えなかったその先には、歩いていくうちにちらちらっと船のシルエットが浮かんできて、やがて3隻の船の全景が見渡せました。船の墓場から離れた位置に放置された漁船たちは、無造作に置かれているように転がっていたのです。
「ああ、SWのエピソード5や風の谷のナウシカで観たシーンと似ている……」
砂漠に捨てられた乗り物が登場する映画シーンと重なってきました。安直なイメージですが、映画のセットが片付けられないまま放置されているようなのです。そう思ってしまうほど“砂漠✖︎廃船”という構図は、誰かに仕組まれたセットに見えてくるのです。
正確には地域の人々が、干上がって使えなくなった漁船をこの位置へ移動させて並べたのでしょう。そう言った意味ではセットと言えます。が、これらの船はアラル海が干上がったことを示す大事な証言者であり、単なるモニュメントよりも深いメッセージを投げかけているように感じてきます。
砂漠化した海底に眠っている船たち
それにしても、船が砂漠の上に転がっている姿は不思議です。ひとことで簡単に表現できない重みが伝わってきます。廃船は海外の遺構によくあるグラフィティだらけですが、イタズラ書きがどうでもよくなるほど、メッセージ性が強い被写体の一群です。
私は存在感の非常に強い“廃”を前にすると、よく廃墟に撮られると表現していますが、ここもまさに赤錆びた船たちによって撮らされていました。ただただシャッターを切っている。そうせざるを得ないほどの重みを感じてしまったのです。船は廃船となってここへ置かれたのではなく、水が無くなったために浮かぶことすら許されなくなったのです。
初めて訪れたアラル海、船の墓場。圧倒されながらも酷暑の暑さも忘れるほどシャッターを切り、あっという間にタクシーとの待ち合わせの2時間が経過しました。
帰り道はモイナクにある運転手さんの実家へ立ち寄り、彼が荷物を届けたついでに妹さんがヌクスまで同乗するという展開となりました。こういう展開もほのぼのとしているなぁ、お金はこっち持ちだけど。
妹さんが私にスマホの翻訳機能でこう質問しました。「なぜ、モイナクに海外から人が集まるの?」。「船の墓場はSNSでバズって、世界中から人が来ている」スマホにそう書き込むと、彼女はなるほどねと納得した様子でした。
私はわざわざ日本からここまで来たけれど、地元では意外なのかもしれません。インターネットとスマホで世界中が繋がり、“なぜここに人が集まるの?”と思われる場所に、世界中の人々がお金をかけて集まり、そして自分のスマホに記録して去っていく。アラル海の船の墓場も、その一カ所に過ぎないのかも。
私はまたの機会を見つけて、ここへ再訪したいと考えています。時期と時間帯をずらして、なるべくならば近いところへ滞在して。
船の墓場の遺構たち
取材・文・撮影=吉永陽一








