三好長慶
信長様、秀吉、徳川殿の所謂(いわゆる)三英傑の前に畿内を治め、天下をとっておった人物がおる。
それが三好長慶殿じゃ!!
歴史が好きな者は聞いたことがあるじゃろうな。
三好長慶殿とは、下剋上を成し遂げた戦国最初の天下人である!!
そもそも三好家は阿波国、現世の徳島県を治める家で、細川家に従っておった。
当時の細川家は現世において細川政権と呼称されるほどに力を持っておって、応仁の乱以降、50年以上室町幕府の実権を握り続けたのじゃ。
長慶殿の父・三好元長殿は細川家に仕えて数多の功を挙げたのじゃが、三好家の長大を嫌った細川家の策略によって討死、長慶殿は不遇の幼少期を過ごしたのじゃ。
と思いきや、長慶殿はなんと12歳の若さで主君・細川家を困らせておった一揆衆を説得し和睦させることに成功しておる。
無論これは年長の親族の働きとも言われておるけれども、長慶殿は若くして三好家の当主として活躍していくこととなる。
長慶殿は父の仇でもある細川家に忠実に仕え、混乱する畿内情勢の中、父譲りの武勇を遺憾なく発揮し、摂津に領土を得るとそこから快進撃を見せるのじゃ!
長慶殿率いる三好家の強さは優秀な兄弟たちの存在が大きくてな、
・「鬼十河」の異名を持ち日ノ本屈指の武勇を誇る“大敵を挫く勇将”十河一存殿
・教養深く縁の下の力持ちとして三好家を支えた“国家を謀る謀将”三好実休殿
・水軍を率いて瀬戸内海支配の肝となった人格者“天下が懐く仁将”安宅冬康殿
長慶殿はこの三人の弟たちと共に勢力を拡大していった次第である。
現世では島津四兄弟や毛利三兄弟がよく知られておるがその無印版とも言えるのが三好家である。
因みにこの頃、織田信長様の父・信秀様が幕府に献上した鷹を長慶殿がもらったという話が残っておったりもするぞ。
三好家は細川家に従っておったのじゃが、その関係は綻びを見せるようになる。
理由を語るとあまりにも長くなる故に此度は割愛するのじゃが、長慶殿からすれば細川家は父の仇、複雑な思いがあったことは疑うべくもないわな。
さて、細川家と対立した三好家はあっという間に細川家を追い出し、京を掌握し長く続いた細川家の天下を終わらせ、三好政権が誕生するのじゃ!!
この三好政権を支えたのは先に紹介した兄弟と松永久秀殿、そして三好三人衆と呼ばれし者たち。
松永久秀殿は大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも登場し、秀長の師範のような描かれ方がしておるわな。
数多の優秀な家臣に支えられた三好家政権は10年以上続き、敵対しておった細川家や将軍家との関係も修復し、応仁の乱より続く混沌の畿内情勢の中、まさに日ノ本を治める存在であった。
じゃが、三好家を支えた弟たちや長慶殿の嫡男が相次いで急死。
この機を逃すまいと幾多の勢力が反旗を翻し始めたのじゃ。
精鋭揃いの三好家は松永殿らの奮闘で踏みとどまっておったのじゃが長慶殿も失意の中で病に倒れ、この世を去った。
これによって三好家の天下は終焉を迎えたのであった。
天下人とは
さて、此度は“もう一人の天下人”について紹介して参ったけれども、そもそも「天下人」とはといった話を最後にして参ろう。
現世の者が混同しがちなのが、天下統一。
これは似て非なるものである。
天下統一、『豊臣兄弟!』では天下一統と申しておるけれども、これは単純に日ノ本中の大名を従わせることじゃな。
問題は天下取りの方じゃな。
明確な定義づけが難しいけれども、これは日ノ本の中心である京の都を治め、帝をお支えして天下の政を執り行うことをさす。
故に、京含め畿内を平らかにして、帝にお認めいただければ俗に言う天下人といえたのじゃ。
信長様、秀吉、徳川殿はそれぞれ天下人であるけれども、信長様は天下統一目前で果たせず、本能寺に倒れておる。
だで稀に、信長様は天下人ではないと勘違いする者がいるわけじゃな(じゃが、信長様に敵対する勢力は上杉と毛利のみ、どちらも時間の問題であったと言えるから、ほぼ為したようなものであったがな)。
三好家も同じく天下は治めたけれども天下統一は為しておらぬ、この違いを覚えれば歴史の理解が少しばかり易くなるであろうな。
終いに
此度の戦国がたりはいかがであったか!
もう一人の天下人について語って参ったわな。
最後の最後で話をややこしくしようと思うのじゃが、厳密なと申すか、捉え方によっては戦国の世の天下人は他にもおる。
室町幕府で実権を握っておった細川家や、公家としても帝から重宝された戦国初・中期の覇者大内家も天下人と言えてしまうかもしれん。
ちと、この辺りは応仁の乱から続く混乱と複雑な人間関係が絡まりすぎて、皆にわかりのいい解説ができぬから割愛致すのじゃが、知りたいと思う歴史好きの者は挑むとよい。
雑なまとめ方になるのじゃが、先の天下人と三英傑の大きな違いは日ノ本を明瞭にしたところにもあるのかなあと儂は思っておる。
因みに、此度紹介した三好家、特に三好三人衆は秀吉に大きく関わり、本能寺の戦いの遠因を作ったとも考えられておる。
秀吉と秀長を語る上で重要な存在である。
三好が登場するとちと話が難しくなるでこれまでも大河ではなかなか描かれてこなかったが本年こそは描かれると期待をしておる!!
何やら本年は人気の高い役者が三好三人衆を演じるとも聞いておるからのう、再びの登場に期待じゃな!(と言いつつも全く出てこなかったらすまぬ)。
さて、此度の戦国がたりはこの辺りで終いといたそうか、
次も楽しみにしておるがよいぞ!
さらばじゃ!!
文・写真=前田利家(名古屋おもてなし武将隊)







