手塚理美(てづかさとみ)
東京出身の俳優。小学生のころからジュニアモデルとして活躍し、映画、舞台、ドラマと幅広く活動。2025年11月号より連載「手塚理美のガチロケハン」開始。
成長して戻ってくると、良いところにいたんだなって
——生まれ育ったのは、池上本門寺の近くですか。
手塚 本門寺公園からすぐのところです。小学校も中学校もこの近くで、おてんばだったから本門寺公園で遊んでよく怪我(けが)したり、防空壕(ぼうくうごう)で遊んだり。
——防空壕!?
手塚 このお休み処の近くに防空壕がたくさんあったんです。基地みたいな感じで、入って遊んでいました。
——ほんとに「本門寺は庭」ですね。五重塔を見て育ったわけですよね。
手塚 そうなんですよね。だからなんか当たり前というか。成長して戻ってくると、良いところにいたんだなって思います。東京でこういう環境のところってなかなかないですよね。
——お気に入りの場所はありますか。
手塚 此経難持坂(しきょうなんじざか)の階段の上に、お茶を飲む場所があったんです。東屋(あずまや)みたいな感じの……名前は忘れちゃったけど。そこからの眺めがすごく良かった。大人になってからも、ママ友と昼間にビール飲んだりしました。今は更地になっちゃったんですけど。あと、日蓮聖人説法像があるところは、とても落ち着きます。
——お会式(日蓮聖人の命日に行われる法要)が、にぎやかだと伺いました。
手塚 池上の街全体が盛り上がります。花飾りがついた万灯が、小さいときはすごく豪華に見えたんですよね。毎年10月11〜13日なんですけど、すごく寒くて、必ず雨が降ったんです。屋台も出て、見世物小屋みたいなものもありました。
——本門寺以外で、このあたりを探検した思い出はありますか。
手塚 探検するほどではないんですけど、呑川沿いを歩いたりしてました。小学校4年生のときに三島由紀夫さんが自決して、ご自宅が近くだったので、クラスメイトと一緒に見に行ったことを覚えています。
下調べをして散歩するそのルーツはどこに?
——現在、「手塚理美のガチロケハン」を連載中で、毎回詳細な下調べと、H岩編集長も驚く健脚ぶりを発揮していますが、いつごろから“散歩の達人”だったのでしょうか。
手塚 達人かどうか分からないですけどね。歩くのは祖母ゆずりです。幼いころ、このあたりにはスーパーとかなくて、祖母はカートをひいてバスで大森まで行ってたんですけど、よくそのお供をしました。大森に「ダイシン百貨店」というのがあったんです。今はドン・キホーテになっちゃいましたけど。
——歩くことは日常だったんですね。
手塚 散歩好きのきっかけとして思い出すのは、中学2年生のときのオリエンテーリング。グループに分かれ、地図を見て課題を解決しながら、どのグループがいちばん早くゴールできるかを競うんですけど、その体験が楽しかった! 道なき道を開拓して、最短距離を探すわくわく感、今でも忘れないですね。
——高校生になってからはどうですか。池上以外を歩くように?
手塚 都立赤坂高校で、青山に通っていました。途中、校舎改築で御成門に通ったんですが、大門も近くて、じゃあ浜松町から歩こうか、東京タワーにも行ける、そのまま六本木にも。道はどこまでもつながっているんだなって。
——その当時はスマホはないから、地図を持っていたんですか。
手塚 地図と勘、かな。両親が綿密な下調べをするタイプだったんですよね。東京サマーランドができて家族で行くときに、迷わないように下見をするくらい。
——それは立派なロケハンでは……。
手塚 特に母がそうなんです。だから旅行するときも、すごく調べて、スケジュールは完璧に決まってる。それが当たり前だったから。
——今、連載で下調べしてるのは……。
手塚 ふつうです。調べずにはいられないんです(笑)。
——健脚はおばあ様から、下調べはご両親から。今後、ロケハンしてみたい街はありますか。
手塚 あまりなじみがない中央線沿線とか、三ノ輪に行ってみたいです。おにぎりスタート、締めはビールで!
取材・文=屋敷直子 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2026年2月号より







