田所 仁(たどころじん)
1982年生まれ、大田区蒲田出身。芸人(主にツッコミ担当)。キングオブコント2016王者。うまれてからずっと蒲田在住。好きな蒲田は「『鳥万』と大量の鳩と大型自転車置き場」。
蒲田ではかっこつけてるほうが浮いちゃうんで
——ライスは相方の関町さんが恵比寿出身、そして田所さんが蒲田出身。
田所 二人とも東京出身の芸人は意外と少ないんですよ。あとサルゴリラくらいかな。そういえば、この前滝音(たきおん)に「ライスさんとサルゴリラさんが楽屋にいるとなんか落ち着く」って言われました。
——ああ、なんか分かります。
田所 ガツガツしてないって。確かに後輩に対してきつく言うこともないし、「負けねえぞ」みたいな気持ちもない。
——それってなぜなのでしょうか。
田所 東京に実家があるのはでかいと思うんですよ。お金の面で苦労することが少ないからのびのび芸人ができてる。一個一個の仕事を少し他の人よりも余裕を持ってできてるっていうのが、いい部分でもあり、悪い部分でもあり。早く結果を出そうっていう気もなかったから、僕らもサルゴリラも優勝まですごく長い時間がかかってしまった。でもその間の期間も特に辛くなかったんですよ。
——「売れなきゃ!」という焦りがない。
田所 だって楽しいだけなので。もちろんテレビに出れない、お金稼げないっていうのは、どっかで引っかかってはいたんですけど、もうやめようまで絶対に行かないのは、東京出身っていうアドバンテージがあったからだと思います。
——野心が芽生えにくいと。
田所 そもそも東京に憧れが一切ないので、東京のいいところに住みたいっていう気持ちにもならないんですよね。蒲田から出る必要性が全く分からない。もちろん新宿とか渋谷に住んだ方が仕事場には近いのかもしれないですけど、別に蒲田から30、40分ぐらい電車乗れば着きますし。そうやってるうちにもう43年間蒲田に住み続けちゃいました。
——なぜ蒲田から出たくないのですか。
田所 やっぱ好きなんで、蒲田って街が。うちの相方の恵比寿と比較することが多いんですけど、恵比寿、かっこつけてるじゃないですか(笑)。だって恵比寿を歩くってなったらちょっと緊張するし。そういうのが蒲田には一切ない。蒲田ではかっこつけてるほうが浮いちゃうんで。マジで寝て起きたその格好で駅まで行ってもいいのが蒲田。
——ダル着でよい街……。
田所 僕よく言うんですけど、仕事から帰ってきて、蒲田駅降りた瞬間から自宅のリビングが始まってる。改札出たら「ただいま」の感覚。もう本当に家っすね、街全体が。
パーフェクトタウン・蒲田で唯一「困ること」とは
——小さい時と大人になってからとよく行く蒲田エリアは変わってきましたか?
田所 そうですね。今ドンキになってるところが昔アネックスっていう商業施設で、昔はそこでおもちゃやゲーム買ったり。大人になってから僕はバーボンロードを知りました。こんなとこにこんな楽園があったんだ、みたいな。蒲田は本当に飲食店が充実してて、立ち飲み屋さん、バー、喫茶店、羽根つき餃子も有名ですし、とんかつやラーメンも激戦区。
——ここ『裏旭屋』さんは何きっかけでお知りになったんですか?
田所 コロナ禍の時に僕がYouTubeで蒲田をやたら歩く動画を撮ってた時に、専務の瀬戸さんと知り合いになって、そこからよく飲みに来るようになりました。
——蒲田は歓楽街としてすべての欲をほどよく受け止めてくれるイメージがあるんですよね。
田所 僕はそこも好きなんですよ。街が優しい、誰も排除しない。やっぱ人間味があるんですよ。みんなかっこつけずに正直に生きてる。酒飲んで、クダ巻いて。それこそパチンコ屋さん僕もよく行きますけど、もう正直な顔しますよ、みんな(笑)。負けたら本当に頭抱えながら、「終わりだ」って顔して出てくる。僕はそれが本当にかわいいと思うし、僕もその一人なんですけど。
——街に一体感がある。
田所 だからすごく話しやすい。立ち飲み屋さんで隣になった人ともよくしゃべりますし、そこで知り合った人と一緒に蒲田の銭湯に行ったりもします。
——そうだ、蒲田は温泉もある!
田所 やばいですよ。蒲田の名物を言ってったらキリがない。
——上京してくる芸人仲間に蒲田をオススメすることはありますか?
田所 みんな蒲田ってめちゃくちゃ遠い場所だと勘違いしてる。都内で仕事して帰る時「蒲田までは何時間ぐらいかかるんですか?」とか「神奈川ですよね」とか。実際全然近いじゃないですか。渋谷新宿から30分ぐらいで着くのに。
——東京感がないと。
田所 だから僕は無理やり蒲田に飲みに連れてくることありますよ。一度来たら「こんな近いんだ」「こんな栄えててこんなうまそうな店も多いんだ」って分かってくれて、そこからは何度も来てくれるようになります。本当に声を大にして言いたい。蒲田は全然近い。品川も羽田空港も近いんで地方行く時も便利。ただ一つ、困ることがあるとすると……。
——なんですか?
田所 芸人の先輩と都内で飲んだ時、終電がなくなったら先輩が「これで帰り」ってタクシー代を渡してくれるのが吉本の文化なんです。よくご一緒するピースの又吉さんとか笑い飯の哲夫さんとか、遅くまで飲んだときは毎回1万円渡してもらってタクシー乗るんですけど、深夜タクシー1万円じゃ……足りなくて……。
——ああ!
田所 そのタクシーで余ったお釣りを後日会った時に「ありがとうございました」って返すまでがセットなんですけど、僕の場合返せないんですよ(笑)。もしそれを言ったらさらに3000円徴収することになっちゃうんで、毎回言えなくて。あいさつしない、お釣りも返さないダメな後輩みたいになるんですよ。大阪出身の方だと都内で1万円以上かかる場所があるなんて全く思ってないみたい。それが蒲田で唯一困ることです(笑)。
蒲田で生きてきたら漫才師ではなくコント師になった
——田所さんはネタをお作りになってますが、蒲田という街はライスのネタにどのような影響を与えていると思いますか?
田所 僕はあまり時事ネタを入れないようにしてて、今SNSで流行(はや)ってるものとかワードとか、芸能人の名前もなるべく入れないようにしたり。蒲田に住んでると、流行りが分かんなくなって。
——いやいやいや、ええ?
田所 そんなわけないだろって思うでしょ? でも蒲田っておしゃれである必要がない、よって流行りを調べる必要もない。だって居酒屋行ってビール飲むだけなんだから。そうやって僕は流行りのものがどんどん分かんなくなって、結果それらがネタに入ってこなくなりました。
——流行に左右されないネタ。
田所 普遍的な設定ばっかりなので、十何年前に作ったネタが今でも普通にできる。あんまり言うと怒られるかもしれないですけど、流行りやオシャレにこだわらなくてもいい街だからこそのネタの作り方なのかなって。コント師になったのもそういう理由かもしれません。漫才は流行りのものを取り入れていかなきゃいけないと思うんですよ。漫才はその瞬間に生きてる二人が出てきてるっていう設定なんで、今の流行りを知ってないと矛盾が出てきちゃうけど、コントは違う。今しゃべってるこの二人が10年前の人間と考えたら、別に流行りを知ってなくても会話ができるのがコント。蒲田だからこそ、時代にとらわれない設定だったり、変わらない人間の面白さであったり、そういうネタを作るようになったのかなとはちょっと思いますね。
——田所さんはどんなところに一番「蒲田だなぁ」を感じますか?
田所 チャリですかね。蒲田ってどう考えても人口よりもチャリの方が多いと思う。巨大な駐輪場も山ほどあるし、街歩いてる人の数と合わないんじゃないかと思って。この自転車がめっちゃある風景すごく好きなんですよ。置いてある自転車で人の温もりを感じることができる。
——確かに自転車って人間がいる証し。
田所 俺をさびしくさせないというか。蒲田には常に人の気配がしますからね、どこ歩いてても。
こちらでお話を伺いました
『裏旭屋』
『酒の旭屋』の奥にある試飲場。田所さんも常連。
10:00~20:00(酒屋は~21:30)、無休。
JR・私鉄蒲田駅から徒歩3分。
東京都大田区西蒲田7-49-10
☎03-3734-7117
取材・文=西澤千央 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2026年2月号より







