4年前、生まれて初めてアイドルにハマった
Aぇ! groupのファンだった。STARTO ENTERTAINMENT所属の男性アイドルグループだ。
デビュー前の2021年にYouTubeで彼らの存在を知って、恋に落ちるように魅了され、翌月にはファンクラブに入会した。当時38歳だったが、誰かのファンクラブに入るのは人生で初めての経験だった。まさか自分がアイドルにハマるなんて。ちなみに、ファンクラブの「好きなタレント」は正門くんで登録していたが、基本的にはグループ全員のことが好きな「箱推し」だった。
ファンになってから、Aぇ! groupにはいろいろなことがあった。メンバーが脱退して6人から5人になったり、事務所の名前が変わったり、メジャーデビューをしてCDを出したり。どんなときも変わらず、彼らが大好きだった。
しかし昨年(2025年)の10月、メンバーである草間リチャード敬太くんが、下半身を露出したとして公然わいせつの疑いで逮捕され、罰金10万円の略式命令を受けた。それと同時に活動を休止。そして、11月に脱退を発表した。
私はそれを受け入れられなかった。だって、手元にあるCDにはすべてリチャくんの歌声が入っている。『ネオンライト』の歌い出しだって、『Colorful Days』の落ちサビだって、リチャくんの声じゃなきゃダメだ。それがもう聴けなくなるなんて、信じたくなかった。
頭では、「今こそ4人になったAぇ! groupを応援すべき」とわかってはいる。けれど、4人でいる姿を見るたびにつらくて、かと言って5人でいたときの映像を見たり音源を聴いたりするのもつらくて、しばらくは泣いてばかりいた。その結果、私はファンであることから逃げ出すことにした。いわゆる担降りだ。
この4年間、私の生活にはいつもAぇ! groupがいた。だからもう、Aぇ! groupのファンじゃない自分を思い出せない。アイデンティティを失ったような、グラグラした気持ちだ。
そんな気持ちに区切りをつけるために、ココスで最後の推し活をしてきた。
別居中のつらかったとき、Aぇ! groupに支えられた
Aぇ! groupのファンになった頃、私はまだ結婚していて、夫と別居していた。夫の父が認知症になり、彼は介護のために実家に帰ったのだ。
そもそも夫はその数年前から無職で、陰謀論に傾倒していた。私は彼に、働いてほしい、陰謀論から目を覚まして元に戻ってほしいと思いつつも、強くは言えなかった。もともと気が弱くて、思っていることを飲み込んでしまう性格なのだ。私は夫婦関係に波風を立てるのが怖くて、問題から目を逸らしつづけた。彼は相変わらず優しかったし、表面上は仲のいい夫婦だったと思う。こんなこと、誰にも相談できなかった。
別居して一人暮らしになって、最初のうちは寂しくてたまらなかった。在宅ワークの私は、一人暮らしだと一日中誰とも会わない。結婚前は実家で暮らしていたので、一人暮らしはほとんど初めてだ。一人の夜を持て余していろんなYouTubeを見るようになった。そんなときに出会ったのがAぇ! groupだ。
すぐに夢中になった。合法的に視聴できる過去の映像はすべて見つくしたと思う。
YouTubeはもちろん欠かさず見た。1回の配信を何度も何度も見返した。当時のレギュラー番組はすべて関西ローカルで、TVerで何度も視聴した。毎週水曜の10時からは、布団の中で「ヤンタン」(関西ローカルのラジオ番組。Aぇ! groupが水曜を担当している)に耳を澄ませた。全員で出演している回でもメンバーの声を聞き分けられたし、初出しのエピソードを聞くたびに歓喜した。
もちろんライブにも行った。ジャニオタ歴の長い知人から「全公演申し込んでも1公演当たるかどうか」と教えてもらい、全公演申し込んでは、当たった公演に行く。一人で大阪の松竹座に聖地巡礼をして、そのことを書いたエッセイがバズったりもした。Xを通じてAぇ担の友達もできた。Xで「Aぇ! groupが好き」と言いつづけていたら、一緒に仕事をする編集さん全員に「吉玉さんといえばAぇ! groupファン」と認識されていた。
派手な推し活をしていたわけではない。ライブは1公演しか当たらないから、1公演しか行かない。収入が少ないから雑誌は我慢、グッズも最小限。ファンを名乗っていいのかわからないくらい慎ましい推し活だったが、楽しかった。
Aぇ! groupを好きになってからというもの、毎日がカラフルに彩られていった。友達からも「元気になったね」「なんかきれいになったね」と言われることが増えた。Aぇ! groupが活力になっているのだ。夫婦関係の悩みによって心に空いた穴を、私は推し活で埋めていた。
約1年半の別居生活ののち、義父が亡くなった。しかし夫は「高齢の母を一人にしておけないから」と実家で暮らすことを選び、私は離婚を決心した。離婚を決心した日の日付をはっきり覚えている。2022年12月30日だ。その年は夫の実家で年を越す予定だったが、夫と義母が陰謀論に染まりきった会話をしているのを見て、「もう無理!」と心が悲鳴を上げた。それで、泣きながら町田の自宅へと逃げてきたのだ。
その夜、私はスーパーでパックのお寿司とチューハイを買い、食べながらAぇ! groupの動画を見た。絶対に眠れないと思ったけれど、彼らの動画を見ているうちに眠りにつくことができた。
その数日後、私から電話で離婚を切り出した。離婚という決断を下すにはエネルギーが要る。大げさに聞こえるかもしれないが、私はそのエネルギーをAぇ! groupからもらっていた。
前を向かなきゃと思うのに、どうしても現実を受け入れられない
昨年の10月のある日、Aぇ担友達からのLINEでリチャくんの逮捕を知った。息が止まりそうだった。現実を直視できなくて、しばらくスマホを見られなかった。
リチャくんが活動を休止してから、Aぇ! groupが4人でいる姿を見るのがつらくなった。かと言って、5人でいたときの姿を見るのもつらい。見るたびに苦しくなるから、スマホケースの裏に挟んでいたステッカーを外し、壁に貼っていたポストカードも剥がしてしまった。4人で出演する番組も見られなくなった。
宙ぶらりんの気持ちでいた11月、リチャくんの脱退が発表された。涙は出なかった。ただただ、5人が心身ともに健やかでいることだけを願った。
しかし、私はAぇ! groupが4人になった事実を受け入れられなかった。4人のことは大好きなのに、どうしても「だって5人だったじゃん……」と思ってしまう。すでに前を向いて4人のAぇ! groupを応援している人の声をSNSで見るたび、私もそうありたいと思った。でも、前を向かなきゃと思っても、やっぱり5人でいた頃を思い出してメソメソしてしまう。私はもともと気持ちを切り替えるのに時間がかかる性格なのだ。
思えば、2023年に元メンバーの福本大晴くんが脱退したときもそうだった。私はしばらく大晴くんがいた頃の映像を見られなかったし、大晴くんのいないAぇ! groupを受け入れるまでに時間がかかった。
でも、今回は時間をかけても受け入れられない気がした。きっといつまで経っても、私はリチャくんの面影を探してしまうと思う。
2022年のぴあアリーナではじめてAぇ! groupを見たとき、モニターに大写しになったリチャくんの瞳があまりにもきれいでクラクラした(リチャくんはここぞというときにカラコンをつける)。
デビュー発表をした京セラドームでは、リチャくんが歌う『ボクブルース』の落ちサビに泣いた。
デビューツアーでは、花道を歩きながらベースを弾くリチャくんが会場中の視線を集めていた。目立ちたくて自分から事務所に応募したリチャくんの、長年の夢が叶ったと感じた。
昨年のツアーでは、『Colorful Days』の落ちサビを歌うリチャくんがまるで王子様のようにかっこよかったことが一番印象に残っている。
どうしたって愛しい思い出ばかりがあふれてくる。私は自分で思っていた以上に、リチャくんのことが好きらしい。
私はきっと、永遠に変わらないことを望んでいたのだと思う。Aぇ! groupにはずっと5人で、ずっとアイドルでいてほしかった。けれど、生きている人間に永遠なんてものを背負わせてはいけない。私は少し、Aぇ! groupに寄りかかりすぎていた。
だから私は、Aぇ! groupのファンから降りることにした。
本当は、今までAぇ! groupに支えてもらったぶん、応援することで恩返しがしたかった。だけどどうしても、4人のAぇ! groupを見るのがつらい。弱い人間で申し訳ないと思う。
ココスで最後の推し活
最後の推し活は一人でココスに行くことにした。2023年3月公開のYouTube動画がココスの提供で、いまや人気企画となった『被っちゃダメよグルメ』の初回なのだ。私はこの回が大好きだ。離婚直後でまだ寂しかったとき、何度も何度も繰り返し見た思い出の回でもある。
夕方、一人でココスに行くと、2人がけの席に通された。紙のメニュー表もあるが、注文はタブレットだ。動画を何回も見たから各メンバーの注文は頭に入っていたが、動画の公開から時間が経っていたのでメニューはけっこう変わっていた。
ココスにはパスタもステーキもオムライスもカレーも和膳もあるが、ココスといえばやっぱりハンバーグだろう。私は、動画の中でリチャくんが選んだ(けれど食べられなかった)『ココスのハンバーグ』と『グラスワイン赤』を注文した。ココスのハンバーグはビーフとポークの合い挽きらしい。ソースはデミグラスソースとジャポネギソースが選べて、私はジャポネギソースを選択した。
料理が運ばれてくるのを待っていると、隣の席のおじいさん2人組が古い映画の話をしていた。盗み聞きをするつもりはないが、声が大きいので丸聞こえだ。「あの作品は70年代半ばだから……もう50年前か」などと言いながら盛り上がっている。ハリソン・フォードが出てきたとき、あまりのかっこよさに震えたらしい。「ハリソン・フォードと俺たちは同い年だもんな」と言っていたので、スマホで検索してみると、83歳だった。
猫型ロボットがココスのハンバーグを運んできた。ハンバーグは厚みがあっておいしい。平べったいハンバーグよりも適度に厚みがあるほうが好きなのだ。特にジャポネギソースがいい。最近のハンバーグ専門店のハンバーグは、お肉にガツンとしたジャンクな下味がついていたりもするが(それも好きだが)、ココスのハンバーグはシンプルで癖のない味だった。
私がハンバーグを食べ終えても、隣の席のおじいさんたちは映画の話をしていた。83歳になっても、友達と昔の映画の話ができるなんていいなぁ。
私も83歳になったら、Aぇ担の友達とAぇ! groupの話をしたい。今はまだAぇ! groupの曲を聴くのはつらいけど、きっとその頃には穏やかな気持ちで聴けるようになっているだろう。
ココスのテーブルでAぇ! groupに思いを馳せて、私の中から出てくるのは感謝の言葉ばかりだ。
いつも輝いていてくれてありがとう。Aぇ! groupがいたから、一人で生きられるまでに元気になったよ。アイドルでいてくれてありがとう。Aぇ! groupのファンになったこと、一生忘れません。大切な大切な思い出です。
ライブではいつも「指ハートして」と書いたうちわを振っていたが、本当は、彼らに望むことはひとつだけだ。どうか、健やかでいて。
ココスの座席で祈るように、赤ワインを飲んだ。
文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama)








