人が亡くなる時にはまず、奪精鬼(だっせいき)、奪魂鬼(だっこんき)、縛魄鬼(ばっぱくき)という3匹の鬼が現れ、人の精気・魂的なものをひととおり奪うという。そして亡者は罪問間樹という2本の木の間を通るが、生前の行いが悪いと木の棘が伸びてきて亡者を突き刺す。つまり、冥土の旅の初めに早くもチャチャッと裁かれて最初の刑が執行されてしまうのだ。
三途の川の畔でも、奪衣婆(だつえば)や懸衣翁(けんねおう)にチャチャッと裁かれる。亡者から奪った衣を衣領樹(えりょうじゅ)に懸け、枝のしなり具合で罪の軽重を判断する。また、奪衣婆は盗人の手指を折り、懸衣翁は悪人の体をクチャッと丸める。
それと前後して十王の裁判が始まる。初七日(しょなのか)から七七日(しちしちにち/四十九日〈しじゅうくにち〉)までの7日ごとと百箇日、一周忌、三回忌の計10回、十王が入れ替わり立ち替わり裁いていく。閻魔大王もそのひとりで、五七日(ごしちにち)の裁判の担当だ。
悪人には地獄直行便も用意されている。死んだ途端に牛頭馬頭(ごずめず)などの鬼が牽く火車(かしゃ/火の車)が現れて、亡者をさっさと地獄へ送り込む。ってことは、死ぬ前にあの世で最初の裁きがあるはずだ。
人知れず聳え立つあの世のタワマン
そんなこんなであの世ではあの手この手で裁かれっぱなしなのだが、とくに重要なのは十王(と奪衣婆)の裁きなので、各地に木彫や石彫の十王像をズラリとそろえた十王堂がつくられ、拝まれた。ひとつの石に十王をまとめて彫り込んだ十王塔も立てられた。そうすると、あの世の裁判で有利になると考えられたのだ。
だから十王像は各地でたくさん見かけるのだが、十王塔はあまり見ない。ところがなぜか熊谷には十王塔が多く、私が某博物館で初めて見た十王塔も熊谷のもの(レプリカ)だった。
だがその十王塔は、数えてみると9王しかいない。九王塔だ。学芸員さんに聞いてみたが、なぜ1王たりないのか謎だという。光照寺(埼玉県熊谷市今井884)の十王石仏も謎だ。十王塔的にひとつの石に十王をまとめて彫ったものだが、これは逆に1王多い。萩尾望都の名作『11人いる!』ならぬ『11王いる!』という冥界サスペンスを妄想せざるをえない。
だがなにより、志村の延命寺地蔵堂(板橋区志村2-5-9)の十王塔に感動した。
都営三田線志村坂上駅から旧中山道などを歩いて5分ほどのこの墓地にも十王塔があると知り、一応、見ておくかと思ったのだが……。墓地をひと回りしたが見当たらない。墓地にいた人に聞いても、知らないという。もう一度よく探してみたら、お堂の近くに大きく立派な十王塔を発見! 立派すぎて逆に見落としていた。
十王塔というとふつう、高さ1m程度の小さな塔だと思う。だが、文化4年(1807)建立のこの十王塔は、見上げるほどの高さだ。2m30cmくらいあるだろうか。冥界タワー、あの世のタワマンという感じで素晴らしい!
各々の王の名も丁寧に彫られている。奪衣婆や地獄の重要備品である人頭杖(にんずじょう)と業(ごう)の秤も彫られ、一番目立つ正面上には倶生神(くしょうじん)と五道冥官が1体ずつ並ぶという珍しいカップリング。説明板もなにも立っていないが、見事な文化財だ。
ところが、こんなに立派なのに、閻魔大王がいない! 初めて見た十王塔のように、九王塔なのだ。とはいえ、同じ年に彫られた同じ施主の閻魔大王像が、十王塔の隣に座して、笏(しゃく)をグイーンと前に出している。なるほど、閻魔さまは別格だから別立てなのだ。熊谷の九王塔もそういうことなのだろう。
九王塔の謎は解けたが、『11王いる!』の謎は、謎のままだ。せっかくなので、奪衣婆が王に成りすましているということにして、男装のうら若き奪衣婆が桜吹雪を見せながら名裁きをするという妄想に勤しみたい。
文・写真=中野 純
『散歩の達人』2026年1月号より









