無限に広がる可能性を秘めた食堂
東京都から突き出るような形で周りを神奈川県に囲まれている町田市。「町田って神奈川県だよね?」「いやいや東京だから」という会話は、もはや町田市民にとって鉄板ネタだ。実際にJR町田駅南口を出て目の前にあるデニーズ町田南口店の住所は神奈川県相模原市だったりする。
町田市役所は町田駅から徒歩10分ほど、町田駅前通りを八王子方面に直進した場所にある。
庁舎内に入ると3階まで吹き抜けの広いロビーとなっていて、たくさんの来庁者でにぎわっている。2階に目をやると食堂『~町田の台所~ キッチンパチパチ』が見えた。
食堂を運営するのは、町田市内の団地を拠点に『もつ鍋処 さくら』や『CAFE&DINER 88(パチパチ)』などの飲食店を展開する「A.I.FACTORY」。出迎えてくれた『~町田の台所~ キッチンパチパチ』店長の森悠太郎さんに店名の由来を伺った。
「『パチパチ』はもともと数字の『88』なんです。8を横にすると∞(無限)になるんですね。8を2つ重ねて“無限に広がる可能性”を意味しているんです」
メニューはラーメン、そば・うどん、定食、丼ものが豊富にそろう。定食は日替わりも含め、10種類以上。タコライスやラザニア、グラタンも人気だ。
森さんにイチ押しメニューを伺うと、「人気なのは唐揚げ定食ですね。うちの唐揚げは1個1個のサイズがかなりボリューミーでして。食べきれないお客さまが多いのでお持ち帰り用のパックをご用意してます」とのこと。
おっ、今ちょうどおなかがペコペコなんです。では唐揚げ定食を注文することに決定!
券売機で食券を購入して注文カウンターでスタッフに渡し、半券をもらう。出来上がるとマイクで呼び出してくれるので、席を確保して待とう。
ほどなくして「○○番(食券番号)、唐揚げ定食でお待ちのお客さま~」とアナウンスが聞こえた。カウンターでトレーを受け取り、着席。さっそくいただきます!
食べきれない人続出のボリューミーな唐揚げ
大きいとは聞いていたがこれはびっくり! 唐揚げ1個が大人のこぶし大ほどの大きさ。一般的な唐揚げの3~4倍はありそう。これは食べきれない人が続出するのも納得だ。
ひと口かじると、サックサクの歯ごたえで中から肉汁がじゅわー! 皮の部分がカリカリでおいしいー!!
「2度揚げすることで外をパリッと、中身をジューシーに仕上げています」と森さん。やはり手間をかけるとおいしさが違いますね。
これまでいくつかの役所の食堂を取材してきた経験から、役所の食堂って栄養バランスやカロリー計算などに配慮したヘルシーなメニューを求められるものだと思うのだけど、この唐揚げのボリュームはどうなんだろう……?
「日替わり定食は栄養士がレシピを作成していますが、店の意向としてはどちらかというとおなかいっぱい食べて満足して帰っていただきたいという思いのほうが大きいですね」と森さん。
“おなかいっぱい”を優先とは。役所の食堂ではなかなか聞かないケースです。たっぷりのキャベツも小鉢も添えられてしっかり野菜はとれているし、オッケーオッケー! これでいいのだー。
市役所の食堂から町田の魅力を発信したい
唐揚げでおなかいっぱいになったところで、あらためて店長の森さんに店のアピールポイントを伺った。
「町田市で生産された農産物や食品を積極的に使ってお客さまに安全・安心な料理を提供する。そして市内で頑張っている業者さんを応援したいっていうのが、当店のテーマです。先ほど召し上がっていただいた唐揚げにも、町田で生産した醤油を使っています」
市内の農家さんの元に直接足を運んで野菜を仕入れることもあるそうで、「町田市産の野菜を使った町田の野菜カレーもおすすめですよ」と森さん。
「それからぜひ紹介したいのが、市内にある『萩生田牧場』さんで生産している東京ビーフ。当店では東京ビーフカレー、東京ビーフの肉うどん・そば、東京ビーフの極上ステーキ定食を提供しています」
東京ビーフは、都内の牧場で丁寧に飼育された希少な黒毛和牛。生産者が非常に少なく、年間出荷数はわずか数十頭だとか。そんな“幻の黒毛和牛”を市役所の食堂で食べられるなんてマジですか! 唐揚げ定食を平らげたばかりだけれど、これを食べずには帰れません。では、東京ビーフカレーをいただきます!
見た目は具がビーフのみのシンプルなカレーなのだが、ひと口ほおばったとたん、その味わいにかなりの衝撃を受けた筆者。つい「ヤバい」と口走ってしまった。いかんいかん。気を取り直して。
口に入れたとたん、あっという間に肉がとろけ、口の中に甘みが広がっていく。肉の脂の甘みだろうか。そこにスパイスのピリッとした刺激が効いている。
「肉はタマネギと一緒に5時間煮込んでやわらかく仕上げています。タマネギの甘みも肉の旨味を引き立てているんだと思います。できるだけ素材を生かしたいので、味付けはシンプルにしているのですが、じつは隠し味に中国醤油を使っているんですよ」と森さんが教えてくれた。
本当においしい。しかも、都内でも数軒の高級レストランでしか取り扱いのない“幻の黒毛和牛”をこのお値段でいただけるなんて。これを食べるためだけに町田を訪れる価値があると言っても過言ではない。
「特に東京ビーフをステーキで提供するレストランはほかにないんですよ」と森さん。東京ビーフの極上ステーキ定食4580円。 “幻の黒毛和牛”のステーキに味噌汁、小鉢、漬物が付いてくる、おはしで食べる極上ステーキ。
さっきのカレーに入っていたあの牛肉を、ステーキで食べられるなんて……。役所の食堂の券売機で「4580円」って見るとびっくりするけど、このランクのビーフステーキとしたら破格の安さだ。うわー、食べてみたいなー。
『~町田の台所~ キッチンパチパチ』オーナーの綾野光紘さんは町田市育ち。自分を育ててくれた町田に恩返しをしたいと、市内で飲食店の経営を始めたという。市役所で食堂の運営会社を募集していると耳にし、「ぜひやらせてもらいたい」と手を挙げた。
地元の食材を使うのはもちろん、市庁舎で開催されるお祭り「まちカフェ!」に合わせた営業や、イベントに合わせて特別メニューを提供するなど、市内産業の活性化を目指す市役所の事業にも積極的に協力。町田の魅力の発信に一役買っている。ここはまさに“町田の台所”なのだ。
「これからも食堂を通じて町田の魅力を発信していきたい」と森さん。「地元企業との連携を通じた新たな広がりも視野に入れ、さらに地域の活性化を目指していきたい」と語る。
店内の一角には市内の街路樹を再利用したテーブル席があり、壁のスクリーンには地元の生産者さんの紹介動画が流れ、地元産の食材を盛り込んだ料理が楽しめる、町田愛あふれる食堂。次に来るときは自分へのごほうび飯としてステーキを食べようと心に決めた! その前にごほうびをもらえるような行いをしないとね。
取材・文・撮影=マルヤマミキ






