久々に体験する大阪ダックツアー
10年ほど前、大阪に移り住んだ当初に私は一度だけ乗ったことがあって、楽しかった記憶がある。それ以来、だいぶご無沙汰してしまっているし、そろそろもう一度乗ってみたいと思った。
大阪ダックツアーは、1日に5便(冬季は4便)、荒天時などを除いて基本的には一年中運行されている。大阪市中央区の京阪電車・大阪メトロ天満橋駅近くにある『川の駅はちけんや』という施設を出発地に、約75分間(冬季は約60分)にわたって、大阪の中心地の街並みと川の流れとを堪能させてくれる。
秋晴れの日、13時発の便に乗ることにした。『川の駅はちけんや』の入り口脇に停車しているバスを間近で見ると、あらためてその車高に迫力を感じる。
バスとして道路を走るのでもちろんタイヤがついているが、車体の後部には水上運航時のためのスクリューもついている。
出発の時間が近づき、予約時に指定された席に座って待つ。ガイド役を務めるのはめいめいさん。後で聞いたところによると、ダックツアーのガイドを始めて9年ほどになるという方だ。「お乗りいただきましたこちらのバスの中、中っちゅうかほとんど外でございます。窓ガラスがはまっておりませんので、高級お帽子や高級ストールが風で飛ばされませんよう」とマイクを手に流暢(りゅうちょう)に注意を促す。
出発後、しばらくの間、バスは天満橋駅周辺の街なかを走る。行き交う車の運転手や道行く人々がたまにこちらを見ているのを感じる。「このバス、街を見て回るものだと思っていらっしゃるかもしれませんが、ご覧の通り、見られて回るバスなんですー!」と、すかさずめいめいさんが場を盛り上げる。「大変目立つバスですので、もし手をふられたら必ずふり返してくださいね。これが当ツアーにとって大事なPRになります。これは強制でございます」。
「みなさま、本日はこんな感じの引っ込み思案なしゃべりがずーっと続きますのでね、もう逃げられませんよ。さて、ご挨拶が遅くなりました、橋本環奈と申します」と、この大阪らしいノリが最高なのである。
右手に大阪城がちらっと見え、バスは大川のほとりへと向かう。ここから早速川へと入っていくようだ。
スロープから勢いよく川に入る「スプラッシュイン」の瞬間がこのツアーの目玉の一つだという。ちなみに、道路を走っている時と、水上を運航していく時では運転手が交代する。事前に見せていただいた運転席にはハンドルが2つあった。
さっきまで道路を走っていたバスが川へ
いよいよ、バスは大川へ。めいめいさんの「3、2、1!」の掛け声とともに、車両が水面へと向かい、大きな水しぶきと歓声が上がる。
「ここからは船になります。タイヤが後ろの方に流れていくのがご覧になれますよ」とめいめいさんの冗談を真に受けて後ろを振り返ってしまったが、それはそうと、さっきまで街の中にいたはずが水の上というのはなんとも不思議で、愉快である。
川の川岸には桜並木が長く続き、春は桜の名所として多くの人を集めるのだが、その桜の葉が秋は紅葉して、それもまた綺麗(きれい)なのだ。さっきまで道路を走っていた間と眺めが違うのはもちろんのことだが、気分もだいぶ変わる。ゆったりした気持ちで水面を見つめ、桜宮橋の下をくぐり、右手に造幣局の建物が、左手に再び大阪城が見えてくるのを眺める。
中之島公園が見えてきたところでぐるりとUターンし、さっきとは逆方向に大川を進んでいく。自分が普段歩いている川沿いの風景を、こうして水上から眺め直すというのもいいものだ。
トータルで約30分ほどの船旅を終え、川に入った時と同じスロープを上って“船”はまた“バス”へと戻る。
大阪の中心地を効率よく見ていくコース
そのままバスはJR大阪駅方面へと向かう。途中、天神橋筋商店街のアーケードの前を通り、そこを行き交う人の姿が見える。
川と街の近さや、場所ごとの眺めの違いが短い時間で次々に展開されていくのが大阪ダックツアーの面白さだと思う。ある商業施設の前を通ると、外にいた従業員の方がこちらに手を振ってくれた。大事なPRタイムなので、もちろん大きく手を振り返す。
梅田周辺のビル街と賑(にぎ)わいを眺め、『大阪取引所』の建物の前を通って北浜方面から中之島にある大阪市役所本庁舎前へ、そしてなんば方面で続く御堂筋を走り……と、大阪の中心地のエリアごとの特色が効率よく見て取れるコースになっていると感じた。
めいめいさんは乗客の方々とも楽しくやり取りをしていくのだが、日本各地から観光で大阪に来た方もいれば、中国から来た方もいた。大阪を観光してまわるルートは数々あるが、“水都”と呼ばれ、昔から川の流れと水運が街の発展に大きく関わってきた大阪をこんな風に手軽に体感できるのは大阪ダックツアーならではだろう。
気づけばバスは出発地へと戻り、約75分のツアーは終了。次の便の発車まであまり時間がない中、めいめいさんがお話を聞かせてくれた。
日本水陸観光が運営するダックツアーがスタートしたのは2006年のこと。当初はアメリカで製造された車輛を使っていたが、後に国産車に切り替え、現在では、大阪の他、栃木県の「湯西川ダックツアー」、長野県の「諏訪湖ダックツアー」も運行しているという。
とはいえ、こんなにガイドがしゃべりまくるのは大阪ダックツアーだけだそう。ツアーの途中、「こう見えて私、宝塚にいたんです。『土組』っていう組でずっと土に埋まってまして」とめいめいさんがトークしていのは冗談で、役者さんやタレントさんではなく、この喋りは仕事の中で鍛え上げていったものだという。めいめいさんの他にも数名のガイドがおり、交代制で車内を盛り上げているそう。ちなみに台本もなく、すべてアドリブとのこと。
「最近は自動音声が流れるツアーも多くなっているので、ライブ感を大事にしています。この時代なので映像に残ったりもするじゃないですか。なので、運行上で一番気をつけている点はコンプライアンスです」と笑う。大阪ダックツアーは、大阪の街並みと川と、そして何より、大阪のしゃべりのノリを感じさせてくれるツアーなのだった。
大川のほとりを歩き、大阪城公園まで行ってみる
水陸両用バスに乗っていた不思議な時間の余韻を感じながら、大川沿いを、今度は自分の足で歩いてみることにした。日中は上着が余計に感じるぐらいに暖かい。こんな気持ちのいい季節も今だけだと思うと、今日、大阪ダックツアーに乗ってさらにこうして散歩できていることがありがたく思える。
途中で買った缶チューハイを飲みつつ歩いていると、向かう先から“船”になったダックツアーが優雅に川を行く姿が見えた。
きっと今もめいめいさんが軽快なトークでお客さんを笑わせているのだろう。こうして遠くから眺めてみると船にしか見えないが、あれがまた陸に上がってきて大阪駅あたりを走っていくのだから面白い。
私が歩くのがもう少し早ければ「スプラッシュイン」の瞬間を外から眺められたのになと少し後悔しつつ、さらに散歩を続けることにした(数日後、無事その瞬間を写真に撮ることができました! 外から見ると、また違った迫力が!)。
大阪ダックツアーの車上から何度か大阪城が見えたことを思い出し、大阪城公園まで足を延ばしてみることにする。
大阪城公園の敷地は大阪市内の5大公園の一つに数えられるほどに広く、また、私の住まいからそれほど遠くないこともあって、よく散歩に行く。お城の周りのお堀沿いを歩くのも楽しいし、レジャーシートを敷いてのんびりくつろぐのもいい。緑の多い公園なので、季節の変化を感じながら散策することができる。
東京に比べ、大阪市内には緑が少ないとよく言われる。実際、エリアによってはたしかにそうで、広い公園がもっとあればいいのにと思うこともある。とはいえ、大阪城公園と大川のあるこの一帯に関しては、贅沢に感じるほどに自然豊かで、いつまでも散歩していられそうだ。どこでも住めば都だろうけど、このあたりから遠くない場所に暮らせていることにありがたみを感じる。
のんびりしていたらだいぶ日が傾いてきた。今日の最後の日差しが色づく木々に注がれる様子を眺め、いい季節だなと改めて思う。
大阪ダックツアーに過去に乗ったことがあると書いたが、思い起こしてみればそれは私が大阪に越してきたばかりの10年ほど前で、その頃はバスから眺める街並みも、川からの景色も、馴染(なじ)みのないものに感じられた。
それが今は、「あの道を曲がったら好きな店があるあたりだな」とか、街並みから想起できることがたくさんあって、大阪で暮らした時間がそれなりに自分の中に積み重なっているのがわかる。
大阪はいいところだから、みんな東京から引っ越してきたらいいのにと、よく思う。友達がみんなこっちに住んでいたら賑やかで楽しいだろう。あの辺を散歩して、あの店に飲みに行ってと、そんなことは現実には難しいだろうけど、想像するだけで楽しいのだ。
たとえば東京から大阪に友達が遊びに来たとして、相手がよっぽど暇でなければ「大阪城公園を歩こうよ!」とは提案しないだろう。あちこち観光するのも楽しいけど、実はこんな風に、なんのあてもなく大阪城公園を歩く時間こそ、自分が大阪にいることをじっくりと味わう機会になったりする。いつか東京の友達とこんな風に、チューハイ片手にのんびり歩きたいな。
そんなことを考えていたら、目の前を汽車のような姿の車が連なって走っていくのが見えた。いつからか大阪城公園の敷地を走るようになった乗り物で、「ロードトレイン」と呼ばれるものらしい。
なんとなくその車両が去っていった方へ、追いかけるようにして歩いていくと、駅がすぐ近くにあった。
スタッフの方に聞くと、折り返し出発する便が今日の最終だという。これに乗って今日の締めにするのもいいかと、チケットを買い、勢いで乗ってみることにした。
森ノ宮駅から極楽橋駅まで、思ったよりも長い距離を走ってくれる。公園の敷地内をゆっくり進むのだが、周りには散歩している人やジョギングをしている人が大勢いて、その脇を併走する感じで面白い。
こんな風に眺める大阪城公園もあったのだなと、知らない乗り物に乗るたびに、見慣れたはずの景色すらまったく違って見えるから楽しい。「ここからはこんな風に見えるんだな」と、車窓からまた、大阪城を見た。
「大阪ダックツアー」詳細
文・写真=スズキナオ








