堂々たる風格の4階建ビル
『鳥万 本店』は蒲田駅の西口を出てすぐの場所にある。4階建てでどのフロアにも客席を備えたビルは東京オリンピックの前年に誕生し、大衆酒場として街の人と歴史を紡いできた。
16時の開店とともに隣のパチンコ店から、あっちの商店街から紳士達がやってきて、慣れた様子で席に着く。
四方どの壁にも短冊がびっしりと貼られ、焼鳥にお刺身、揚げもの、〆料理にはオムライスや磯辺もちまである。紙の熟成度から長年愛されているメニューを推理し、どれを頼もうか、と考えているだけでお酒が進みそうだ。
スタンバイしている焼酎が視界に入って、ドリンクはホッピーセット370円に決まり。この量の焼酎がやってくるのだから、飲みきる頃にはほろ酔い確定だ。
どれを食べても“当たり”の『鳥万 本店』だが、名物の若鶏の唐揚は食べておきたい。今回はそこに至るまでの最高の滑走路を走っていく。
常連に愛されるつまみで助走
日替わりサービス品イナダの刺し身がスピーディにサーブされる。きらりと光る新鮮さでありながら、これが破格の200円。「一品めはサービス品の刺し身」と決めているご常連も多かろう。
脇を固めるのは「たくあんの3種盛り」。店主に「若鶏のから揚げと一緒に白菜のお新香をコールスロー気分で食べるのが好きだ」と話したら、たくあんもなかなか人気なのだと教えてくれた。お酒を飲みながら順番に食べていると、ループが止まらないらしい。
注文するごとにお姉さんが伝票へサッと印をつけて、競歩のスピードでテーブルの間をすり抜けていく。大衆酒場らしい空気が加勢して酔いが深まってくると、腕を組みながらニヤニヤ一人で飲んでいる紳士が、鏡の中の自分のようにも思える。
正統派なジャンクフード、若鶏の唐揚
お待ちかねの若鶏の唐揚が揚げたてで到着。1人で食べられるか心配になるボリュームだが、案ずることなかれ。最小限のシンプルな味付けでありながら、正統派なジャンクともいえる味わい。ガブリとかぶりついたと思ったら、質量を無視してお腹へおさまっていく。パリッと衣を突き破れば、肉汁が溢れて、唐揚げを持った自分の指まで美味しくなる。
「3階、4階は座敷になっていてね。会社の宴会にも使われるんだけど、この前、その中の1人が来てくれて、『美味しかったから、ゆっくり食べたくて来た』って。そういうのって嬉しいよね」と話す店主の良い話に、つい「から揚げを独り占めしたくなったのではないだろうか」と勝手な想像を働かせる。それくらいまた食べたくなる味なのだ。
グイッとホッピーを飲み干して、お勘定。どれくらい通えば、全メニューを制覇できるのだろう、と途方も無いことを考えながら店を後にした。
『鳥万 本店』店舗詳細
取材・撮影・文=福井晶