そもそも、地元の人が自転車に乗っていなかった

「散走とは、“散”歩のようにゆったりと、気の向くままに自転車を“走”らせ、街の風景や自然の空気感、地域の歴史や文化を味わっていく自転車の楽しみ方です」と教えてくれたのは権丈(けんじょう)泰巳さん。福島県南部、いわき市に拠点を置く日本パラサイクリング連盟でコーチ・監督として長年活躍し、現在はハイパフォーマンスディレクターを務める。

取材時(2024年4月)は、この夏フランスのパリで開催されるパラリンピックに向けた強化合宿の真っ最中。競技として自転車で世界と戦っている団体が、なぜ街の散策を企画するのだろうか。

「2020年のコロナ禍で3カ月ずっと家にいたとき、初めて真剣に暮らしている地域について考え始めました」

普段は大会や合宿などで国内外を飛び回っている権丈さん。外出自粛の期間に、自分が地域に対して「自転車でできること」は何かを考えたという。そしていざ、地域を見回すと、そもそも自転車に乗っている人が少ないことに気がついた。車社会の地方都市。観光より何よりまずは、地元の人に自転車に乗ってもらうところからでは?と思い立ったという。

日本パラサイクリング連盟のみなさん。一番左が権丈さん。
日本パラサイクリング連盟のみなさん。一番左が権丈さん。

「買わないと乗れない」問題を払拭

そこで地元の自転車との接点を増やそうと、自転車文化発信・交流拠点をつくる。それが現在、いわきFCパークの一角にある施設『ノレル?(NORERU?)』だ。「自治体の方に施設の構想を話した時に、こういうところに作れたらベストと挙げていた場所が、たまたま空いたんです。すごくラッキーでした」。

いわきのあらゆる自転車を直し、そしていわきの人に自転車のある暮らしを楽しんでもらおうと、施設では自転車修理を受け付けているほか、自分たちで自転車も購入しそれらを貸し出している。

自転車は一度買えば長く使える一方で、試乗のチャンスはあまりない。「“買わないと乗れない”という障壁をまずは払拭しようと思いました」と、子供向けから2人乗りまで、さまざまなタイプの自転車を取り揃えたという。その数なんと40台! ワークショップやイベントなども多数開催し、今では県外からも人が訪れるほど、自転車の一大拠点として成長してきた。中には「40年ぶりに自転車に乗った」という70歳のおばあちゃんまで!

『ノレル?』の様子。読書スペースなども充実。
『ノレル?』の様子。読書スペースなども充実。

地元を知るワクワクを多くの人に

こうした地元に自転車の輪を広げていく一貫で2023年に立ち上がったのが、「いわき時空散走プロジェクト」だ。

港や炭鉱などで栄え、震災を経験し……と重奏的に歴史や文化が絡み合ういわき市。著名人との意外なつながり、ニッチなものづくりスポットなど、このプロジェクトでは「いわきならでは」を感じられるおもしろスポットを発掘&取材している。そして時空を超えて街を立体的に楽しんでもらえるようにと、エリアごとに散走マップを作った。現在は5エリア分。掲載店舗や、エリアの起点となる市内のJRの駅での配布に向け準備中で、今後も増やしていく予定という。

「意外な発見ばかりで自分たちが一番楽しんでいる感じです。地元を知るってこんなに面白い! というワクワク感をもっと多くの人にも共有できたら」と権丈さん。散走の魅力は「知らなかった視点・世界観を味わえること」と語る。徒歩だとどうしても移動できる範囲が限られるが、自転車であれば、より遠くへ、隣町へと行くことも可能。回遊の幅が広がることもポイントだ。

エリアごとに作った散走マップ。
エリアごとに作った散走マップ。

マップの配布のみならず、5月には「いわき時空散走フェスティバル2024」なるイベントも開催。エリアごとに、みんなで自転車に乗り、語らい、食べ、ワイワイ街を巡るツアーで、定員を超える応募が集まった。今後もますます盛り上がっていく予感!

大盛況だった「いわき時空散走フェスティバル2024」。
大盛況だった「いわき時空散走フェスティバル2024」。

散走の可能性は無限大

さらに今、散走プロジェクトは、全国へと広がろうとしている。「自転車やサイクルツーリズムで地元を盛り上げたいと、各地の自治体さんから声をかけていただく機会が増えてきました。なので、まずは一緒にこうした散走マップを一緒に作りませんか、と提案しています」と権丈さん。

散走マップに正解はなく、どこの地域でも、誰でも作れる。「地元の方の話を聞いたり、道の片隅の石碑を見たりしながら、夏休みの自由研究にオリジナルマップを作るなんていうのもすごくいいと思う」と、権丈さんはその可能性に目を輝かせる。地域の物語を発掘し、可視化し、それを元に自転車でぶらぶら散策する。そんな散走の達人が日本各地で活動する日も遠くはなさそうだ。

 

取材・文=町田紗季子 写真提供=日本パラサイクリング連盟

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