『地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』発売によせて

20年前の2003年といえば、まだ交通新聞社がぎりぎり大塚にあった頃だ。ライターとして駆け出しの時代、『散歩の達人』は憧れだった。インターネットも今ほど発達していなかった当時、どこにも出ていない街のキッチュな情報や町の路傍にひっそりと咲くような名店奇店を自らの足で探し報じるスタイルは、あまりにも面白く洗練されていた。

はじめて編集部へ行った日。大塚の街は薄汚れていて、駅前で歯がないオッサンがヘラヘラと酒臭い息をまき散らしては、「イヤな街だな」と緊張したことを覚えている。
フリーになったばかりだった。エログロ系、悪の集団と囁かれたライター事務所のヒラ戦闘員。“三等兵”という名を戴き、文筆業か分泌業か、というぐらいの仕事に耐えながら、「フリーになったら『散歩』で書くんだ!」というささやかな夢だけは決して口外せず、フリーになった瞬間にやってきた憧れの編集部。
「なんでもやります、やらせてもらいます!」なんて、絶頂期の安達祐実ぐらいの悲壮感で仕事が欲しいと訴えていた。
でも、これって絶対フリーライターが言っちゃいけない言葉だと、のちのちに知ることになる。そう。編集者が知りたいのは、「何でもやります」じゃなくて「何が書けるのか」なのだ。いや、ちがう。そんな道理は話のわかる一般的な編集部の理屈だ。散達は違った。何でもやれると聞いたら、本当に何でもやらせる鬼が棲むような雑誌だった。

歩き回る仕事なんてのは初歩の初歩。風俗街にドヤ街に修験者の山に潜入なんてこともやったが、一番キツかったのがやっぱりメシだ。カレーにラーメン、タイ料理に餃子にチャーハンにと、映画『セブン』の最初に殺されたオッサンみたいに食わされ続ける。これがキツイ。川越の特集では2日でうな重を9杯食べた。意味がわからない。やわらかなうなぎを噛んだら前歯が折れた。人体のふしぎ。そして、それだけやって1Pしかもらえないという散達のふしぎ。でも、どんなに不条理であっても、いい店に出会えていくことで、いつかステキな女性が「銀座で少し飲みたいわ」なんてリクエストされた時にも、すらすらと答えられる“いい大人”に近づいていると信じられていたのだ。

2007年になったある日。編集長に呼び出された。「連載をやってほしい」という。やった。ついに連載持ちになれる。そう喜んだのも束の間、提示されたテーマは「チェーン店」だった。
目の前が真っ暗になった。『散歩の達人』のメインストリームである「町の個性派いいお店」とは、真逆の価値観に位置する「チェーン店」の連載をやれと。これは、左遷か。事実上の戦力外通告か。
当時、「いい店を知っていることはいい大人であること」を信念とし、取材を通じて数多くの個性派飲食店と出会っていた筆者は、過激な個人飲食店原理主義でもあった。
大量仕入れの大量消費で価格破壊を起こし、優良な個人店を駆逐していくチェーン店なんてものは、拝金主義の成れの果て。そんな店へ考えなしに行く無教養な人間も同罪だ。冗談じゃない。

コロナ禍で発売延期……ようやく胸を張って出せます

……なんて憤っていたことを今では懐かしく思い出すのです。ええ。私は青二才でした。知識も経験も不足していたのです。今ではいくつもの人生における大切な要素を、チェーン店を通じて見つけることができ、そのすばらしさを誰にでも語ることができます。

編集長のすすめで2007年にはじまった「絶頂チェーン店」はその後、「絶頂チェーン店MAX」「絶頂チェーン店 Full throttle」「絶頂チェーン店ビッグバン」そして2022年から「絶頂チェーン店六道輪廻」として足掛け10年以上連載が続いております。書籍も「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」「それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」とこれまでに2冊出させていただき、私はすっかり「チェーン好きのおじさん」と認識されるようになりました。
いまではどこの街へ行っても、みなさん気を遣ってくれているのでしょうね。ちゃんとチェーン店に連れて行ってくれます。「好きですよね?」とか言って。
いやいや。高い店が好きです。はっきり言っておきます。高い店が好きです。チェーン店は、日常でいいんです。特別な時間や、遠くへ行った時ぐらい地のモノが食べたいのです。

と思っていたら、地方にもチェーン店はやまほどあるんですね。日本列島47都道府県。個性も気候も人柄もまるで違うその地方には、その土地土地で独自の進化を遂げてきた、地方豪族のような、ローカルなチェーン店が必ず存在しています。「どんな人か知るには何を食べているかを知ること」なんて申しますが、地方のチェーンの深淵に触れてしまった筆者は、気がつけばせっかく地方出張に行っても、チェーン店でメシを食べるようになっていました。

ということで、書籍の第3弾は『地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』で発売されることが決まりました。2020年のことです。
本来ならこの本は、2020年の春には発売する予定だったのです。しかし、ご存じの通り新型コロナウィルスの大流行により、世界の風景は一変してしまいました。
海外や地方への出張どころか、会社や学校に行くにも制限が掛かり、ステイホームが推奨されていた世の中では、街の灯りは消え、人の足は途絶え、たくさんの飲食店がやっていけなくなりました。
それは全国へ展開するようなチェーン店でさえも例外ではなく大量閉店、倒産が珍しくなくなってしまった飲食苦難の時代でした。

2023年の5月に新型コロナが5類へと引き下げられたことで、今、やっと疫病の恐怖を乗り越え「地方へ出かけよう」と声をあげられるようになりました。そして、コロナ前後での加筆修正を重ねながら『地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』、やっと発売することができます。

『散歩の達人』で書いて21年目。なんの因果か編集部のあった大塚に住むようになり、うなぎで前歯を無くした酒臭い中年は、20年前のあの日大塚で見たおっさんになることができました。今では「銀座でもう少し飲みたいわ」なんて女性にも胸を張って「サイゼリヤでワインのんどけ」とおススメできる散歩の、チェーン店の方の達人による、地方チェーン店の集大成、47都道府県で57店舗の“おらがまちのうまいもん”なハナシ。どうぞ読んでやってくださいませ。

文=村瀬秀信