「まじめに飲んでもつまらない。お酒は自由に遊べ!楽しめ!」
棚にずらりと並ぶ日本酒に知っている銘柄が一つもない! 昔はいたって普通の酒屋だったそうだが、3代目となる阿部雄一郎さんの父親の代から「有名な銘柄は商売の邪魔になる」と、独自路線を歩みはじめた。現在、日本酒は全てこの店のためだけに蔵元が提供してくれるオリジナル品だ。
「うちではまず、味の違う3本を飲んでもらうんです」と、おちょこにお酒を注ぐ阿部さん。1本目の「くくみ酒」はシンプルでやわらかい。2本目の「じゅんから」は、ストンと飲みやすい味。「ここでもう一度『くくみ酒』を」と言われて再び飲んでみると味が違う! さっきは感じなかったまろやかなうまみが舌にのっている。3本目の大吟醸酒『壱石』は華やかでうまみがガツンと広がる。最後に『くくみ酒』に戻ると、今度はうまみが消えてサラリとした飲み口に。「飲む順番で味覚は簡単に変わる。それを分かっていたら、どんなお酒も楽しめるってわけ」
己の舌を過信するな!自分なりの基準を持つべし
「辛口はうまみを抑えたスッキリとした味ってこと。“端麗辛口”の薄くて辛いというのは、うまいのか?この言葉で『辛口=うまい』という誤解が生まれた気がする。でも、『じゅんから』はいわゆる辛口だけど、暑くて体が疲れているような時はよりスッキリ感じる。夏にそうめんをおいしいと感じるのと同じ。脂っこいものを食べられない年配の人も、『じゅんから』をラクって言うね」。季節や体の調子で味覚は簡単に変化するのだ。
「酒選びの基本となる『くくみ酒』のようなお酒を持っておくといいね。買った酒が想像と違うこともあるだろうけど、これまた失敗が面白い! 少しずつ自分の好きな味に近づいていけるから」
阿部さんの言う通り。日本酒は難しく考えず、もっと飲むことを楽しんでいいのだ。そして、阿部さんの快調なトークに心をつかまれて、また聞きに通いたくなる。
『酒道庵』流・日本酒の心得
その1 冷やして飲むべからず
全ての味覚に通じるんだけど、冷たいと味が分からなくなる。寿司を冷やさないのと同じ。日本酒も温めることで、眠りこけているうまみが浮き上がってくるんだ。味に自信があれば、「冷やして飲んで」なんて言わないはず。いいお酒ほど燗にして飲んでほしい。
その2 日本の酒器で味わうべし
日本酒は本来、料理のお出汁と一緒で、口に含んでから香りを感じるもの。最初に香りを膨らませて飲むワインとは違う。だからワイングラスよりも、おちょこの方が後からふわっと広がる香りを楽しめるんだ。日本酒業界が受け継いできた文化は大切にしないとね。
その3 一本からの味の変化を楽しむべし
冷やして飲むという固定概念を取っ払って、温度の上げ下げでシンプルにうまみを味わってほしい。うちの酒は、家でも常温管理で問題なくて、熟成がゆっくり進んでいく味の変化も面白い。日本酒にレモンと炭酸を合わせてサワーにしちゃってもいいんだよ。
『酒道庵』店舗詳細
取材・文=井島加恵 撮影=加藤昌人
『散歩の達人』2023年6月号より