三ツ星フレンチで修業したシェフがオープンした気軽にワインが楽しめるビストロ
井の頭線渋谷駅西口から徒歩1~2分、渋谷マークシティをなぞるように並ぶ飲食店街がある。坂を少し登ったところに、にぎやかながらも落ち着いた雰囲気がある『Bistro Vintheo』。
ここは国内にある三ツ星クラスのフレンチレストランで修業したオーナー仲道敏夫さんの店だ。
「料理の道に入って30歳で独立しました。僕はワイン好きだったので、気軽に飲める店にしたかったんです。『Bistro Vintheo』は、2005年に奥渋エリアでオープンしたのですが、2013年にここ道玄坂に引っ越してきました」と語る。
今でこそビストロはお手軽なイメージがあるが、当時は高額で、誰もが気軽にという場所ではなかったそうだ。かくいう仲道さんも「ウチはビストロって名乗ってたけどオープン当時は本場・フランスのビストロというより、ヨーロッパの料理ならなんでも出すレストランって感じだった」と振り返る。
だから『Bistro Vintheo』はオープン当初、相場の半額ほどで料理やお酒が楽しめたという。今も夜の客単価は5000〜6000円ほどだ。修業してきたしっかりとしたフレンチの基礎をベースにした庶民的な料理と多彩なワイン、ともにみるみるうちに人気店になった。
「修業してきたところはオーセンティックなレストランだったから、そのままの料理だとだいぶかしこまっちゃう感じですからね。もうパスタも出すし、ステーキも出すし。今も同じ、なんでもアリで洋食全般のメニューを提供しています(笑)」という。
そして2013年に道玄坂に引っ越してきたのと同時にランチをスタートさせたのだ。
希少な短角牛をたっぷり使用したハンバーグ
さあ、ランチの時間です。メニューを見せてもらいハンバーグのソースを選ぶ。「オニオンソースが定番ですけど、トマトも人気ですよ」とのひとことに心が揺さぶられ、ガリトマミモレットに決めた。
肉だねは短角牛と豚肉を混ぜた合い挽肉を使用。グランドメニューに豚肉料理はないのだが、牛の味が強くなりすぎないようハンバーグ用に仕入れて店で挽いているそうだ。
そもそもハンバーグがランチに登場したのは、短角和牛はステーキだけだととてつもなく値段が高いので一頭買いするようになったことから。「でもステーキにするにはサーロイン、ヒレ、リブロース、モモとかを使うくらいなんですよ。それ以外のところの肉を豚肉と合わせて作ったのがハンバーグのタネで。タマネギと塩のみで味付けしています」。よくあるコショウやナツメグなど、スパイスは一切入れていない。絶対的な肉の味への自信を感じる。
トマトソースはフレッシュのトマト、オリーブオイル、ニンニク、塩のみ。トマトは2分の1個くらいありそう。茹で野菜もついてお肉も野菜も楽しめる。
アツアツの鉄板に乗せられたハンバーグがジュージューと軽快な音を立ててテーブルに運ばれてきた。
ナイフを入れるとブリンッと弾力を感じる肉々しいハンバーグ。オレンジのミモレットと赤いトマトが「ヘイヘイッ、食ってみろよ!」とけしかけてくる。旨味が強いがあっさりした脂のハンバーグに、トマトの甘酸っぱさやミモレットのコクが相まっている。
なんといってもハンバーグ自体がおいしい! それもそのはず、「千葉の倉庫で1ヶ月ぐらい吊るし熟成されていて、アミノ産が豊富で肉質も柔らかく、旨味も強いんです。そんなおいしいお肉なのでソースもあまり個性のあるものではなくてお肉にそっと添えるだけにしています」と肉質には自信を持っているのだから。
ここで、鉄板の中央にどっしり構える円柱の石に触れてみたい。これはアッツアツに熱された石で、肉が少し冷めてもこの上に乗せれば再び温まっておいしく食べられるように、というサービスなのだそう。
「ディナーでステーキを出すときにゆっくり食べられるかなと。あと自分で焼き加減を『もっと火を入れたいな』っていう人もいたりするので使っていたんですよ。ハンバーグ自体も温め直して、やっぱ熱々で食べていただきたいので」という仲道さんの心遣いに、筆者は胸アツ。
付け合わせの温野菜はすべて塩茹でしてありそのままでもおいしいのだが、鉄板に残ったハンバーグのかけらと肉汁、ソースの汁を温野菜にたっぷり浸して食べた。これぞ最高のドレッシングだ。
開発ラッシュの渋谷駅前で、昔ながらの姿を残す道玄坂
コロナになって、しばらく休止していたランチを2023年3月から再スタートした。マークシティにはさまざまなオフィスが入っている。なかでも、IT大手のサイバーエージェントで働く人々がリモート勤務になり、その後マークシティから会社そのものが撤退することになったことがランチを休止する大きな理由になった。
「渋谷のあちこちで開発が行われている中で、道玄坂はあまり進んでいない地域ではあるんだけど、少しずつ古いお店がなくなっている気がしますね」と仲道さん。ここは我が道をゆく個人店がひしめきあい、ハシゴ酒も楽しい味な飲み屋街。ずっとこのままでいて欲しいと願うのはワガママなのかなぁ。
ところが、空いたところに新しいお店が入ってきたせいで、若年層の客が増えきているようだ。
仲道さんは「うちも少しずつリピーターが増えています。30代くらいから70代くらいの方まで幅広いですね。男女比率は半々だけど、共通して言えるのはやっぱり肉好き! 肉料理には自信がありますし、おいしいナチュラルワインを各種揃えているのでディナータイムもたくさんの人に来ていただきたいですね」と語る。
もしかしたら道玄坂も開発地域になってしまうかもしれない。今のうちに何度も行っておかないと! と胸に誓った。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢