高森泰人さん
日本気象協会 メディア・コンシューマー事業部 メディア事業課 放送グループ 主任技師。気象予報士。趣味は街歩きと温泉探訪、飛行機や鉄道に乗ること、のらねこ鑑賞、30秒天気動画撮影。
東京タワーとともに仰ぎ見る、都内屈指の紅葉スポット
高森さんは、1995年に日本気象協会へ入社。第2回目の気象予報士試験に合格した大ベテランだ。現在は、気象情報を提供するためのシステムの運用、管理を担っている。わかりやすいところでは、NTT東日本/NTT西日本の「177番」の天気予報電話サービスの情報発信を担当しているのが高森さんだ。
気象庁が観測する膨大なデータを正しく処理し、目的に応じて適切に加工する、いわば天気予報の根幹。そのかたわら、気象キャスターとしてメディアにも出演することもある忙しい日々を送っている。
そんななかでも、高森さんは顧客への訪問時など、外出中に時間が空くとよく都内を歩いて移動するという。今回待ち合わせ場所に指定してくれた芝公園のもみじ谷は、知る人ぞ知る都心の紅葉スポットであり、お気に入りの散歩コースのひとつ。落葉広葉樹に囲まれ、滝も流れる空間は、夏に歩いても気持ちいい。
「マイ標本木」散歩
家の近所や通勤の通り道、人によっては自宅の庭に「マイ標本木」を持っているのは、「気象予報士あるある」だ。
植物や動物を観察して、季節の進みや気候の変化を見極める「生物季節観測」は気象予報士が季節の傾向をつかむために重要な役割を果たす。春になると、気象庁の職員が東京・靖国神社にある1本のソメイヨシノ=標本木を観察して、東京の桜の開花を発表する。これも生物季節観測のひとつだ。
高森さんは、通勤時に毎日乗り換える飯田橋駅近くに立つ早咲きの桜を、勝手に「マイ標本木」に定めている。靖国神社の桜より決まって数日早く咲くので、時期になると毎日チェックして、開花発表を先回りするのだ。
「マイ標本木」は私たちが近場を散歩するときにも、さらには毎日の通勤通学も楽しくなりそうなアイデア。桜だけでなく、たんぽぽやあじさい、水仙などの花々、樹木の紅葉(黄葉)や落葉、果実の成熟も観察の対象になる。
観察日記などを付ける必要はない。写真を撮っておいて、過去の年の同時期と比べると、より繊細に季節の移り変わりを感じられるはずだ。
雲を観察する散歩
「この季節によく見られる刷毛で描いたような雲(巻雲、巻層雲)は、上空1万mを超えることもあります。『天高く馬肥ゆる秋』ということわざは、本当なんです」と高森さん。気象予報士散歩の王道、「雲」の観察はぜひマネしてみたい。
雲の種類を示す「十種雲形」をマスターすると、上空で起こっていることが大まかにわかる。楽しみとして、「観天望気(自然現象から天気の変化を予測すること)」にチャレンジしてみよう。
上記の巻雲が重なり、次第に厚くなって上空の低いところにも雲がかかってくる場合には、翌日には天気が崩れることが多い。太陽の周りにぼんやりと輪っかのようなものが見える「ハロ(暈)」は巻層雲のもとで起きる光学現象。これも天気悪化のサインだ。
桜や紅葉は見られるスポットが限られるが、雲ならどこにいても見上げて季節を感じられる。ことに都心では、上を向くと視界に入るビルが空を切り取り、より豊かな表情に感じられる。
さらに雲のメカニズムを知り、大いなる地球の営みをイメージできれば上級者だ。
「例えば、夏場に雨を降らす積乱雲は、日本海側では冬にも多く見られます。シベリアから吹き付ける寒風が日本海の海面付近でたっぷりと水蒸気を吸い込んで、日本列島の脊梁山脈にぶつかって上昇気流となり、雪雲ができるからです」(高森さん)。
雲を知ることで、いつもの空の見方が大きく変わる。
なお、実用としては、「tenki.jp」などアプリが10分後の天気まで予報してくれるので、そちらをチェックしていただきたい。ゲリラ豪雨などの異変を察知できるし、「服装指数」や「お出かけ指数」も散歩に便利。
気象予報士がすすめる冬場の散歩術
これからの季節、天気予報で「放射冷却」という言葉をよく聞くはずだ。放射冷却は地球の熱が宇宙に放出される現象で、上空に雲があると現象は弱まる。雲や風のない、よく晴れた朝は放射冷却現象が強まる。
朝晩は冷えるが、日中は太陽の光を受けて、ぽかぽかと温かい陽気になる。また、風がない分、空気中に多く漂うチリが太陽光の一部(紫色や青色)を拡散させ、赤く美しい夕焼けが見える確率が高い。放射冷却の日の午後は、冬場のちょうどよい散歩日和だ。
いっぽう、空気が澄み渡るのは、よく晴れて空気が流れている朝。美しい景色を楽しむなら、適度に風がある午前中の散歩がおすすめだ。
雨や雪で散歩に出かけられない日には、「雨雲レーダーを見る」という気象予報士の上級テクも。アプリでリアルタイムの天気をチェックし、地図上を散歩しながら、「東京タワー周辺は良く晴れているなぁ」と思いを馳せる。高森さんたちは、レーダーを読んで虹の出どころなどを予測する、気象予報士ならではの遊びも楽しんでいるという。
まとめ
高森さんと街を歩いていると、顔を上げて、視線をあちこちに移していることに気づく。気象予報士は、周りのあらゆることを敏感に察知して、じっくり味わいながら散歩している。
私たちは忙しい日常の中、街を歩いていてもカフェで休んでいても、足下に、スマホに目線を落として、自分の世界に入り込んでしまいがち。そんなときこそ顔を上げて、周囲の景色、風や音に感覚を開いてみてはいかがだろうか。
- 日本気象協会
取材・文・撮影=小越建典(ソルバ!)