本所七不思議

伝承によっては7つ以上だったり、話そのものが違うこともあるようですが、今回は墨田区の公式ホームページに掲載されている7つの怪談話を正式のものと定義し、本所七不思議としてご紹介します。

①おいてけ堀
夕方、堀で釣った魚を持って帰ろうとすると、堀の中から「おいてけ、おいてけ」と繰り返すあやしい声が聞こえたというお話。すごく怖いわけではないですが、なんだか背筋が薄寒くなります。おいてけ堀は現在のJR錦糸町駅付近にあったといわれていますが、現在はそこに「おいてけ堀跡」のみが存在します。

②ばかばやし
夜中に耳を澄ませてみると、遠く(あるいは近く)でお囃子が聞こえてきます。確かに聞こえているのに、どこでお囃子を奏でているのかがわからない、薄気味悪いものだったそうです。

③送り提灯
夜歩いていると前方に提灯の明かりが見え、近寄って見ると消え、そしてまた現れる。そんな不気味な提灯が出るそう。実害はなさそうですが、夜道に現れたらやはり少し怖いですね。

④落葉なき椎
隅田川のそばにある松浦家の屋敷の椎の木は、どんな時でも落葉しない不思議な木だったといいます。現在、屋敷はなくなり、「椎の木屋敷跡」だけが残っています。

⑤津軽の太鼓
大名の屋敷の火の見やぐらでは板木を打つ習慣でしたが、南割下水(江戸時代に存在した水路。現在は「南割下水碑」がある)の近くの津軽家では太鼓を打つことが許されていたそうです。どうしてこの屋敷の火の見やぐらだけに太鼓が許されていたのか、誰も知らないので大変不思議なこととされていました。

⑥片葉の葦(あし)
両国橋の近くにあった入堀(人工の堀)には、どうしてか片側にしか葉がない葦ばかりが生えていたそう。それは、本所に住んでいた美しい娘が片手片足を切り落として殺され、堀に投げ込まれたからだという、かなり怖いお話。

⑦消えずのあんどん
南割下水の近くに毎晩出てくる二八蕎麦屋のあんどんは、一晩中灯り続け、消えたところを見た者がいないという不思議なものでした。

本気の怪談から近所のちょっと不思議なことまで、ごちゃ混ぜになっているのが本所七不思議。なんだか面白くなってきたので、巡れる場所は実際に巡ってみることにしましょう。

フィールドワーク①徒歩と電車で巡る「本所七不思議」

今回はJR両国駅と錦糸町駅を中心に、現代に残る本所七不思議の跡を探して歩いてみることに。

まずは両国駅で下車し、「落葉なき椎」の話の舞台である「椎の木屋敷跡」を目指します。

両国駅西口から国技館通りを旧安田庭園方面に向かって歩き、刀剣博物館前の交差点を右折して横綱町公園へ向う途中に「椎の木屋敷跡」があります。

もとは松浦家という大名の屋敷でしたが、敷地内の椎の木が全く落葉しない不思議が江戸で噂になり、いつしか「椎の木屋敷」と呼ばれるようになったそう。

江戸っ子の興味関心をひいたこの落葉なき椎ですが、これはそもそも椎の木が常緑樹であり、ほとんど落葉しない木であることが一般的に知られていなかった当時だからこそ不思議に思われたのではないでしょうか。

椎の木屋敷跡のパネルにも同じ解説があり、さらに「大名屋敷という庶民にとって特別な場所だからこそ広まった話なのでは」といった考察も記されていました。

椎の木屋敷跡を見た後は一旦両国駅に戻り、一駅隣の錦糸町駅に電車で移動します。

錦糸町駅南口から出たら、国道14号沿いを亀戸駅方面に歩いて行きましょう。次に向かうのは、かの有名な怪談話「おいてけ堀」の跡地。横十間川にかかる松代橋を渡り、江東区立第三亀戸中学校を目指します。

下調べでおいてけ堀の跡地に立つ碑は中学校の花壇にあるという情報を得ていましたが、実際に見に行ってみるとやっぱり花壇の中にありました!

こちらが江東区登録史跡「おいてけ堀跡」です。

おいてけ堀跡の説明パネルでは地図付きの解説が記されています。

しかし、改めて「おいてけ堀」と口に出すと、置き去りになることを意味する「おいてけぼり」の語源がこの怪談話だということが新鮮に感じられます。

子供の頃「おいてけぼりにしないでよ!」と言いながら(おいてけぼりってなんだ?)と思っていたのが、大人になってようやく理解できる。しかも実際に跡地にまで来ている。なんだか不思議な感じです。

「おいてけ堀跡」で不思議な気持ちを味わった後は、再び錦糸町駅に戻ります。

次は今回の本所七不思議巡りのメイン、「本所七不思議パネル」を見に行きましょう。

フィールドワーク②「本所七不思議パネル」を探して

地図を見ると「本所七不思議パネル」は大横川親水公園にあるらしいので、まずは錦糸町駅北口から北斎通りを両国駅方面に進み、大横川親水公園のイベント広場が見えてきたら公園の中をスカイツリー方面に歩いて行きます。

この日は素晴らしく良く晴れて暖かく、公園を流れる小川もきらきらと輝いていて、怪談話をテーマに歩いているはずがついついのどかな気分に。

しばらく歩いていくと、公園の端にひっそりと「本所七不思議パネル」があるのを見つけました。

パネルの前には狭い通路があり、歩いて眺めることができるようになってはいるのですが、そのすぐ横は水路なのでうっかり落ちないように注意が必要です。

最初に紹介される話はやはり知名度のある「おいてけ堀」。

本所七不思議パネルでは、なかなか怖いタッチの絵とともに七不思議の一つひとつを紹介しています。

こちらは「片葉の葦」。

紹介文の中では、片手片足を切り落として殺された美しい娘の話には触れていません。

しかし絵にはしっかりとその様子が描かれていて、おどろおどろしい空気を醸し出しています。

日が暮れる前に見に来て正解でした。

「送り提灯」では左端にいる提灯を持った女性にあやかし感があふれているのが印象的です。

たぬきが沢山いる「狸ばやし」は、最初に紹介した本所七不思議の「ばかばやし」と同じ立ち位置にある話でしょうか。

パネルに描かれているちょっとゆるんだシルエットのたぬき達はなんともいえない可愛らしさです。

こちらの「あかりなしそば」は、「消えずのあんどん」とは逆の内容でした。

夜中に出ている蕎麦屋には何故かいつも明かりがついていなく、訪れた客が何度明かりを灯してもすぐに消えてしまう。そしてこの蕎麦屋から帰った人の家には凶事がある。そんなお話。

この「足洗い屋敷」は「足洗邸」とも言われています。

本所にあった旗本屋敷の天井から大きな足が出てきて、足を洗って綺麗にしてあげると引っ込むという、怖いのか面白いのかわからない話です。

名乗ってはいないのですが、この大きな足の持ち主は民話によく登場する巨人・ダイダラボッチなのかもしれません。

最後のひとつ「送り拍子木」は、「津軽の太鼓」と「送り提灯」が混じった話でしょうか。

実害もないしそこまで怖い話ではありませんが、パネルに描かれた男性の表情に注目するとなんだか怖いような気持ちになってしまいます。

調査を終えて

「本所七不思議」に関する場所を一通り巡り、最後は錦糸町駅のそばにある『山田家』の本所七不思議をテーマにした人形焼を買って帰宅。

この記事で紹介している「本所七不思議」(墨田区公式ホームページを参照)とフィールドワーク②で訪れた「本所七不思議パネル」ではいくつか話に違いがありましたが、同じテーマでも話の内容に違いが出るのは口承文芸ならではの面白さだと感じました。

誰かが誰かに伝えた話が少しずつ形を変え、いくつもの細い糸をより合わせてできる強くて美しい糸のように現代に届いている。

今回、本所七不思議に関する場所を巡ってみて、そこに存在する怖さや面白さだけではなく、人と人が繋げてきたもののささやかな輝きを感じることができました。

じっとこちらを見る、『山田家』の人形焼のたぬき。
じっとこちらを見る、『山田家』の人形焼のたぬき。
卵を使う甘いお菓子には人を元気づける力があるようだ。風邪をひいたときにカステラやプリンに癒やされ、元気を取り戻したことがあるのは私だけではないだろう。形も愛らしい東京名物、人形焼も卵をたっぷり使うお菓子の1つだ。今回訪ねた人形焼店は、人形焼が名物の浅草でもなく人形町でもなく、錦糸町にある。鶏卵問屋からスタートした人形焼店、『山田家』。上質な卵をふんだんに使う風味豊かな人形焼を、“本所七不思議”のスパイス付きで味わおう。

取材・文・撮影=望月柚花