スタートは和菓子屋さん

駅前近くから始まる商店街は人も多くにぎやか。
駅前近くから始まる商店街は人も多くにぎやか。

『グリムハウス三好屋』の最寄り駅は、繁華街がある亀戸駅前から歩くと7分ほど。にぎやかな亀戸中央通商店街が途切れ、東武亀戸線の線路を渡ったすぐのところだ。今ではへんぴな場所に見えるが、店の創業当時は日立製作所の工場がすぐ近くにあり、商店も多く並んでいてにぎやかだったという。

かつてはこのあたりもにぎやかだったが。
かつてはこのあたりもにぎやかだったが。

『グリムハウス三好屋』が創業したのは昭和元年(1929)。初代の木島好一郎さんが始め、当初は最中などの和菓子を売っていたという。パンを焼き始めるきっかけは日立だった。そこで働いている大勢の工員のために、パンを焼いて売ってくれないかと言ってきたのだ。なんと、パンを焼くために電気を引いてくれるという、好条件もついてだ。

60年ほど前の店舗(写真提供=『グリムハウス三好屋』)。
60年ほど前の店舗(写真提供=『グリムハウス三好屋』)。

その申し出に乗って、『グリムハウス』はパンを焼き始めた。いきなりの大口取引。しかも向こうからの提案という、なんともラッキーなスタートだった。さらに昭和14年(1939)には、現在の亀戸駅近くに時計メーカー・セイコーの工場もでき、そちらにもパンを卸すようになった。戦前の『グリムハウス』は、工場とともにあったのだ。

戦前から使われている木の番重。今でも現役!
戦前から使われている木の番重。今でも現役!

そして戦後、今度は学校給食が始まった。そちらにもパンを卸すようになり、『グリムハウス』はますます繁盛する。店は二代目の木島庄市さんがまわしていたが、まさに上り調子。『グリムハウス』のサンドは、どれもボリューム満点なのだが、それは庄市さんが作ったもの。お腹をすかせた工員さんに、いっぱい食べてもらおうという気持ちだったのだろう。

このボリュームのサンドイッチが240円。
このボリュームのサンドイッチが240円。

変わっていく工場の街

しかし1974年に日立の工場が移転。それにつれて付近にあった町工場もやめるところが増え、商店街もだんだんに寂しくなっていった。

1990年代に入ると少子化が始まり、給食も以前ほど、うまみのある商売ではなくなっていく。そんな折に始まったのが江東区の異業種交流会だ。江東区内の老舗業者が集まり、新しいものを生み出そうと動き始めた。『グリムハウス』の三代目、木島一哉さんが組んだのが、亀戸の老舗『佐野みそ』だった。

今回、話をうかがった秋吉美香さん。三代目・木島一哉さんの妹。
今回、話をうかがった秋吉美香さん。三代目・木島一哉さんの妹。

老舗のベーカリーとみそ店が組んで生み出されたもの、それがトップの写真にある「味噌パン」だ。デニッシュ生地に江戸みそを練り込んだもので、みそとデニッシュの風味が、不思議に合う。懐かしいようで新しいパンで、優秀商品として賞も獲得した。

そのまま食べても良し、トーストしてバターを塗ってもまた良し。
そのまま食べても良し、トーストしてバターを塗ってもまた良し。

開発にはかなり苦労したそうで、当初はパン生地がうまく発酵してくれず、生地に合うみそ、配合するバランスを見つけ出すのに1年近くかかったという。今では地元名物となり、亀戸で行われるイベントなどにも出品しているという。

変わっていく江東区と亀戸

そして、その間にも街は変わっていった。町工場の跡地には新しいマンションが建ち、日立の工場は亀戸中央公園となった。店を訪れる人も昔なじみのシニア層に加え、若い人たちが増えてきている。保育園もできて、小さい子どもも増えている。

こちらも新開発の、パンの耳を使った「みみりんとう」240円。
こちらも新開発の、パンの耳を使った「みみりんとう」240円。
かりんとうより軽い食感で、食べ始めたら止まらない!
かりんとうより軽い食感で、食べ始めたら止まらない!

さらにパンを卸す学校も増えた。パンを卸していたベーカリーが減ったことに加え、豊洲など江東区の沿海部の開発が進んで、住民人口が急増。学校に通う子どもが一気に増えたからだ。日本全体では少子化が進んでいるが、江東区に限っては子どもが増えている。今ではパンを卸している学校は、以前の4倍ほどになるという。開業から97年たった今でも、しっかりと繁盛しているのだ。

『グリムハウス』に並んでいるパンは、菓子パンやサンド類など、どれもなじみ深いパンばかりだ。そんな店が新しく生み出したのが、みそという日本人が慣れ親しんだ食材を使ったパンというのが、面白い(しかもおいしい)。古いものが残りながらも、新しい動きがちゃんとある亀戸に、なんだかピッタリなパンのように思えるのだ。

懐かしいけど、ちゃんとおいしい。『グリムハウス』のパンには、97年の歴史と亀戸の現在が、しっかり詰まっているのだ。

住所:東京都江東区亀戸5-46-3/営業時間:6:30~18:30/定休日:土・正月3が日/アクセス:東武鉄道亀戸線亀戸水神駅から徒歩3分

取材・撮影・文=本橋隆司