銭湯の向かいで営業するおでん屋台「天つゆおでん屋台 華門」
上野駅から1駅の距離にある東京メトロ銀座線の稲荷町駅。駅から数分の場所には唐破風(からはふ)の宮造り様式の屋根が目を引く「東上野 寿湯」がある。
寿湯は銭湯通には有名で、長い歴史がありながらも次々と新しい試みを実践している銭湯だ。露天風呂や遠赤外線サウナが人気で、1日の平均利用客数は約500人と若者からお年寄りまで幅広く支持されている。ちなみに、寿湯の隣にはおでんそばやうどんを提供している秋月庵というお蕎麦屋さんもある。
この寿湯の向かいで営業しているのが「天つゆおでん屋台 華門」だ。つくばエクスプレスの浅草駅から合羽橋交差点へ向かう道の途中にある居酒屋「和食バル 華門」(台東区西浅草2-25-13)を本店とし、2022年4月から昔懐かしい屋台をひいておでんを提供している。都内でおでん屋台は激減しており、このお店以外には八王子の「さんかく」(八王子市横山町12-1、小田原屋の揚げ蒲鉾を使用)が営業する程度となっている。
屋台は原田さんが大工職人と一緒に手づくりしたもので、徹底的に機能性を追求している。移動や衛生面を考慮して箱型に折り畳め、非常にコンパクトなサイズとなっているが、立ち飲み席を確保するなど屋台営業に必要なものはすべて揃っている。
屋台の前面は広告枠として活用しており、周辺地域を中心としたさまざまな広告が並んでいる。向かって右側には立ち飲み席があるが、お持ち帰り用に購入していくお客さんが多い。
銭湯やサウナで汗を流したあとのおでんは最高
「天つゆおでん屋台 華門」の魅力はたくさんあるが、なんといっても銭湯で汗を流したあとにおでんを楽しめることがいちばんだ。
寿湯は入浴施設が充実しているため、サウナや銭湯でじっくり汗を流すことができる。水分が抜けきったあとにおでんを味わえば、身体の隅々まで美味しさが染みわたる。原田さん自身も寿湯に週4回通う常連であり、銭湯のあとにおでんを食べたいと思って営業をはじめたそうだ。
立ち飲みでは日本酒を提供しているが、ビールなどほかのドリンクが飲みたい場合は向かいの寿湯で購入するように薦められる。原田さんは微笑みながら「銭湯と屋台の相乗効果でWin-Winでしょ?」とおっしゃっていた。なお、雨天時は浅草のすしや通りにある「十和田 すしや通り店」(台東区浅草1-13-4)の横で営業している。
天つゆベースのおでん汁と東京の下町で仕入れたおでん種
店名になっているとおり、おでん汁は浅草で営業している天ぷら料理店「秋光」(台東区浅草2-15-1)の天つゆをベースにしている。
甘みと深いコクがある天つゆはおでん種との相性がとてもよく、じんわりと身体の隅々まで染みわたる。こだわりゆえに原価が高くなってしまったそうだが、このおでん汁の虜になるお客さんは多い。
大根は下茹でしたあとに天つゆのおでん汁で煮て、最後の仕上げとして屋台の鍋で再度じっくり煮る。したがって、開店から1時間後の19時くらいからが本格的に食べごろとなる。
おでん種は大根のほか、玉子、じゃがいも、はんぺん、なると、ちくわ、魚のすじや牛すじ、もち巾着、つぶ貝など25種類以上揃えている。
ごぼう巻、イカ巻、カレーボールなど複数種類を取り揃えている。
味がしっかり染みて好評のこんにゃくは荒川区南千住のこんにゃく専門店、六幸食品のものだ。玉こんにゃくやちくわぶも評判がよく、原田さんは2日に一度は工場(こうば)に訪れて仕入れているのだという。工場では直売も行っているので、興味のある方は訪問してみよう。
さらに、浅草ハムの浅草ウインナー(ポークウインナー)も原田さんのおすすめとなっている。浅草ハムは台東区千束で昭和7年(1932年)に創業以来、業務用を中心にハムやソーセージなど加工肉を生産している。
俯瞰してみると、おでん種からおでん汁まで足立区、荒川区、台東区といった東京下町の食材ばかりであることがわかる。その理由を尋ねると、原田さんは「さまざまなご縁で結びついた結果であるし、界隈のみんなで助け合い、発展していったほうが楽しいでしょ」とおっしゃった。
天つゆのふくよかな甘みがおでん種の味を引き立てる
実際に寿湯で汗を流したあと、立ち飲み席でおでんを味わってみることにした。さっぱりしたあとの外の空気が心地よく、解放感このうえない。
まずは定番の大根と玉子のほかに、六幸食品のこんにゃくと白滝、ちくわぶをオーダーした。どれもしっかりとおでん汁が染み込んでいて、味に深みが増している。とりわけ、こんにゃくとちくわぶをおかわりするお客さんが多いそうだが、ふくよかな甘みをもつ天つゆが、噛み締めるたびに口じゅうに広がって非常に美味しかった。
お酒の飲みながらおでんを楽しんでいると、辺りは少しづつ暗くなってきた。次はマルイシ増英のごぼう巻と魚のすじ、浅草ハムの浅草ウインナー、う玉(うずら卵)とつぶ貝をオーダーした。
すり身の食材は煮込みすぎると味が汁に逃げてしまうものだが、旨味を残しながら天つゆと見事に調和して、新たな美味しさを引き出している。ウインナーは張りのあるぷりっとした皮の食感と肉汁をたっぷり含んだ豚肉の旨味が最高だ。う玉やつぶ貝もそれぞれの美味しさがおでん汁によって引き立てられている。
「天つゆおでん屋台 華門」は個々のおでん種も魅力だが、訪れたときはぜひ「カレーセット」を味わってほしい。おなじみのカレールウを入れる容器(正式名称はグレイビーボートという)を使用していて、なんともフォトジェニック。
スパイシーな風味が魅力のカレーボールと、カレーライスに欠かせないじゃがいもの組み合わせは最強だ。ほどよくカレー味が染み出したおでん汁にますます食欲がわいてくる。お客さんから「お米やうどんと一緒に食べたい」という声も聞こえてきた。なお、じゃがいもはお持ち帰りして半分に切ったあと、バターをたらしてじゃがバター風にしても美味しいという。
屋台ではさまざまな出会いがあり、地域の素晴らしさを感じられる
夜の帳(とばり)が下りて、街灯が煌々と辺りを照らしはじめる。買い物や犬の散歩をする人たちが行き交い、下町の1日がゆっくり過ぎていく。
寿湯へ向かう人々の足は衰える様子がなく、むしろ夕方よりも賑やかなようだ。原田さんは彼らに「こんばんは」と挨拶し、これから銭湯だというお客さんには「湯上がりに食べたほうが絶対に美味しいですよ」とアドバイスしていた。
東京の下町でもおでん屋台は珍しいらしく、さまざまな年代の人たちが鍋のなかを覗いていく。原田さんはやさしい笑顔を浮かべながら、ひとりひとり丁寧に接していた。
「屋台の魅力は、通りすがりの人たちと気さくにコミュニケーションできること。さまざまな出会いがあり、地域の素晴らしさを感じられる」(原田さん)。
原田さんは倉本聰原作のテレビドラマ「北の国から」が大好きで、主役の黒板五郎が作った丸太小屋に触発されて屋台を組み上げただけでなく、暑い日以外は黒板五郎のドカジャンとニット帽を愛用している。「北の国から」は家族の愛情やそれを取り巻く人々の絆をテーマにしているが、原田さんの屋台にも共通した「人に対する思いやり」が感じ取れた。
「天つゆおでん屋台 華門」は銭湯のあとに屋台のおでんが楽しめ、東京下町のおでん種を味わえる。さらに原田さんや下町の人々との交流もあいまって、身も心もあたたかくなれるお店だ。
天つゆおでん屋台 華門の基本情報
天つゆおでん屋台 華門
「東上野 寿湯」の向かいで営業、雨天時は「十和田 すしや通り店」の隣で営業
定休日:月火
営業時間:18:00~23:00頃
寿湯の基本情報
東上野 寿湯
〒110-0015 東京都台東区東上野5-4-17
03-3844-8886
定休日:第3木曜
営業時間:11:00~25:30
十和田 すしや通り店の基本情報
十和田 すしや通り店
〒111-0032 東京都台東区浅草1-13-4
03-3841-7375
定休日:不定休
営業時間:11:30~15:30(L.O.15:15), 17:00〜22:00(L.O.21:30)、土日:11:30~22:00(L.O.21:30)
取材・文・撮影=東京おでんだね